デニー・ネーグル Dennie Neagle 〜第4の男の落日〜

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Dennie Neagle (デニー・ネーグル)
(1968-)
Baseballer
Position:Pitcher
Threw/Batted:L/L
Height:193cm Weight:90kg

Stuts

ミネソタ大学から1989年にドラフト3巡目でミネソタ・ツインズに指名されたネーグルは、1991年にメジャーデビューした。同年チームはワールドリーグを制したものの、ネーグルは結果を残すことが出来ず、ロースターから漏れてリングを取り逃がす屈辱を味わった。

翌シーズン開幕前にピッツバーグ・パイレーツにトレード。移籍当初は中継ぎでの器用がメインだったが、1994年シーズンから先発に転じて防御率5.12ながらも9勝10敗をマーク。

続く1995年は絶好調で、リーグトップの209.2回を投げて13勝8敗、防御率3.43という好成績でオールスターに初選出。

翌1996年も好調で、8月27日には当時強豪の地位にあったアトランタ・ブレーブスを8回2失点に抑え込んだ。そしてその翌日、そのブレーブスへとトレードで移籍することになった。

ブレーブスでも相変わらずのピッチングでチームはワールドシリーズに進出。しかしネーグルはポストシーズンでは今ひとつ活躍できず、ニューヨーク・ヤンキースの前に世界一はならなかった。

それでもメジャーを代表する投手として認められ、オフには日米野球で来日。1997年はワールドシリーズの鬱憤を晴らすような大活躍で、20勝5敗、防御率2.97という素晴らしい成績で最多勝のタイトルを獲得するとともに2度目のオールスターに選出。さらにサイ・ヤング賞の投票でも3位につけている。

マダックス、グラビン、スモルツの三本柱に続く第4の男としての地位を確固たるものにし、1998年も16勝11敗をマーク。翌シーズンからはトレードでシンシナティ・レッズに移籍したが、怪我で結果を残すことが出来ず、2000年シーズン途中に今度は因縁有るヤンキースにトレードされた。

ヤンキースでは防御率こそ5.82と高いものの、7勝7敗をマークし、チームのワールドシリーズ進出に一定の貢献を果たした。ニューヨーク・メッツとの”サブウェイシリーズ”にわくワールドシリーズでは4戦目に登板。

5回途中3失点という冴えないピッチングでマウンドを降りたものの、バックに助けられて試合はなんとか制し、4勝1敗でチームは世界一を達成。3度目の正直でようやくネーグルはリングを手に入れることが出来た。

シーズン終了後にFAとなり、コロラド・ロッキーズと契約。ロッキーズは高地に本拠地がある関係上極端な打のチームでなかなか良い投手に来てもらえないため、5年で5100万ドルという超大型契約でネーグルを迎え入れたのだった。

だが、どちらかというと打たせて取るピッチャーのネーグルとロッキーズの相性は悪く、故障にも見舞われて5点代の防御率で2ケタ勝利を上げることが出来ないシーズンが続いた。

2003年シーズンは怪我で途中離脱し、シーズン終了後に肘を手術。結局翌2004年は全休するはめになり、ネーグルはロッキーズ史上最悪のFAとの声が高まっていった。

その評価を決定付ける事件が11月に起きた。交通違反で車を止められたネーグルは、妻とは別の若い女性を伴っていた。怪しんだ警官が尋ねると、女はネーグルが買った売春婦であることが判明した。

こんな”おいしい”ゴシップをマスコミが放っておくはずもなく、ロッキーズはこれを重く見て契約を解除。ネーグルは離婚を余儀なくされ、タンパベイ・デビルレイズとマイナー契約を結んだものの、結局メジャー昇格は叶わず現役を引退した。

どうもネーグルはそういう”趣味”が有ると見えて、引退後も同じことで数回捕まった他、ミッチェルレポートに名前が乗ったことも発覚。更に投資顧問に財産を騙し取られるなど、多難な第二の人生を送っている。

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