ノーム・キャッシュ Norm Cash ~Stormin Norman~

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Norm Cash(ノーム・キャッシュ)
(1934-1986)
Baseballer
Position:Firstbaseman

Threw/Batted:L/L
Height:183cm Weight:83kg

Stuts

テキサス生まれのキャッシュが進んだ大学はDiv.IIIのサルロス州立大学。決して華々しいキャリアとは言えなかったが、野球とフットボールの両方でカンファレンスMVPになる活躍を見せた。

1955年のNFLドラフトでは13巡目でシカゴ・ベアーズから指名を受けたが、この指名を断ってキャッシュはシカゴ・ホワイトソックスと契約した。

1957年には兵役に就いてキャリアが足踏みしたものの、1958年にメジャーデビュー。専ら控え外野手として過ごし、ルーキーイヤーにはワールドシリーズの舞台も経験。

しかし、1959年シーズン終了後に3対5の大型トレードでクリーブランド・インディアンスにトレード。更に1960年シーズン開幕前にデトロイト・タイガースへとトレードされた。

タイガース移籍当初は控えだったものの、パワフルな打撃で存在感を見せ、打率.286、18HR、63打点と大きくアピール。翌シーズンは完全にファーストの定位置を掴み、打率.361、41HR、132打点、出塁率.487という大活躍で首位打者と最高出塁率のタイトルを獲得し、オールスターに初選出。

チームも101勝61敗という快進撃でワールドシリーズに進出し、セントルイス・カージナルスを迎え撃って26打数10安打、打率.385の大暴れ。

第7戦では勝ち越しHRを放ち、タイガースの1945年以来の世界一に大きく貢献。6月にはタイガースタジアム史上初の場外HRを放ち、更に守備でも球界きっての堅守を見せた。

のだが、引退後にキャッシュはとんでもない事を告白した。コルクバットを使用したと言うのだ。しかも作り方まで事細かに実演して見せた。

あまりに打ててしまうので怖気つき、このシーズンだけしか使用しなかったという話だが、事実このシーズンがキャッシュのキャリアハイとなった。

ともあれその後もタイガースの主軸としてまっとうに活躍を続けたのだが、キャッシュの本領は実はここではない。

キャッシュは類稀なサービス精神と奇行癖の持ち主で、ファンやチーム関係者に絶大な人気を誇っていた。ついたあだ名は”Stormin Norman”(お騒がせノーマン)であった。

ファウルフライを捕ろうとしてスタンドに飛び込むついでにファンのポップコーンをつまみ食いするくらいは序の口で、挟殺されそうになったところでタイムアウトを要求して逃れようと図り、二塁に居る時に試合が中断になれば、再開した時には当然のように三塁に居た。

最も有名なプレーは1973年7月5日のことであった。エンゼルスの先発、ノーラン・ライアンは自慢の剛速球でタイガース打線を沈黙させ、ノーヒットで9回2アウトまでこぎつけた。

続く打者のキャッシュが打席に立つと、球場がどよめいた。キャッシュが手に持っていたのはバットではなく、クラブハウスのテーブルの脚だったのだ。

「どうせ打てっこないから」とキャッシュは申し開きをしたが、勿論認めてもらえるはずはなく、バットに持ち替えてショートフライに倒れた。晴れてノーヒットノーランを達成したライアンは、キャッシュの冗談に随分とリラックスできたそうだ。

だが、その後ライアンが再びタイガースと対戦し、打者として出塁した時に事件が起きた。キャッシュに共通の趣味であるハンティングの話を振られたライアンはついつい話し込んでしまい、その隙に牽制でアウトになってしまったのだ。思いがけず仕返しされたライアンは苦笑したことだろう。

1971年には32HRを放って5年振りにオールスターに返り咲き、カムバック賞を受賞。翌シーズンもオールスターに選出されたのだが、これが最後の輝きで、1974年には53試合で打率.228という成績に終わり、同年限りで現役を引退した。

タイガースで放った373HRはルームメイトのアル・ケーラインに次ぐ球団史上2位。1088打点は8位となっている。

引退後はABCの解説者を務めた他になんとソフトボールに挑戦し、デトロイト・シーザーズというチームに入団してチームのリーグ2連覇に大きく貢献。ちなみに同チームのマイク・イリッチオーナーは、後にタイガースのオーナーに”出世”することになる。

引退してなおトリックスター振りをいかんなく発揮していたキャッシュだったが、1986年10月11日に、レジャーで訪れたミシガン湖でボートの事故を起こして命を落とした。死に様まで不思議な男であった。

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