ロン・オースター Ron Oester ~町のスター~

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Ron Oester (ロン・オースター)
(1956-)
Baseballer
Position:Second Baseman
Threw/Batted:R/B
Height:188cm Weight:83kg

Stuts

https://twitter.com/Reds/status/860540537421430784

“江戸の大関より土地の三段目”というのは相撲の世界の格言だが、これは野球でも同じことで、地元出身の選手や移籍をせずにキャリアを通す選手は特別視される。

アメリカでもそれは同じことなのだが、何しろビジネスライクな国の事で、そういう選手は色々な都合に阻まれてなかなか出ない。だからこそ日本以上にそういう選手は尊敬される。

シンシナティに生まれ、シンシナティのハイスクールで鳴らし、1974年にドラフト9巡目でシンシナティ・レッズに指名されたオースターは、地元の期待を受けて1978年にメジャーデビューを果たした。

3年目の1980年に堅実な守備とバッティングを買われて頭角を現すと、100試合に出場して打率.277を記録して新人王投票で4位に入った。

翌シーズンからは完全にセカンドのレギュラーに定着し、この素手でバットを持つ少し風変わりなスイッチヒッターは地味ながらも堅実な働きぶりでチームを攻守に支え始めた。特に1984年はキャリアハイで、21試合連続安打を記録する活躍で打率.299をマークしている。

地味でも確実にチームに貢献し続けたオースターだったが、事件がないわけではなかった。1987年7月5日、ニューヨーク・メッツ戦で思いがけない大事件が起きた。

ムーキー・ウィルソンが併殺崩しで試みたスライディングが悪かった。オースターは右ひざをスパイクで抉られ、靱帯断裂の重傷を負って運び出された。

このまま再起不能で引退してもおかしくなかったが、オースターは懸命のリハビリで復帰を試み、翌1988年7月16日にとうとう戦列に復帰した。オースターの不屈の精神力は高く評価され、同年のハッチ賞を受賞した。

その後は欠場中に台頭してきたマリアーノ・ダンカンの控えに回るようになったが、1990年には打率.299を記録して勝負強い所を見せ、更にポストシーズンでは打率.500を打ち、オークランド・アスレチックスを下しての世界一に貢献。これを花道にレッズ一筋のキャリアに終止符を打った。

引退後もレッズでコーチを務めてチームに貢献。シンシナティが誇るスター、オースターは2014年にはついにレッズの殿堂に迎えられた。

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