トム・パチョレック Tom Paciorek ~Wimpy~

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Tom Paciorek (トム・パチョレック)
(1946-)
Baseballer
Position:Out fielder
Threw/Batted:R/R
Height:193cm Weight:97kg
Relatives:
John Paciorek (ジョン・パチョレック)(兄)
Jim Paciorek(ジム・パチョレック)(弟)

Stuts

兄のジョンと弟のジムも大リーガーだ。ジョンは引退後に作家になり、ジムの方は横浜と阪神で活躍した”あの”パチョレックだが、2人ともMLBでは全く実績を残せていない。だがトムは活躍した。

ヒューストン大でのパチョレックの活躍は輝かしい物で、2年連続でオールアメリカンに選ばれ、カレッジワールドシリーズでは準優勝を経験している。

更にフットボールでもDBとして活躍して1968年に9巡目にマイアミ・ドルフィンズに指名されている。おまけにハイスクール時代に牧師から性的虐待を受けていたというショッキングな告白をしているので相当な美少年でもあったのだろう。

1968年にドラフト5巡目でロサンゼルス・ドジャースに。マイナーでめきめきと頭角を現し、1970年にはメジャーデビュー。1972年にはスポーティングニュースの選ぶマイナーのトッププロスペクトに選出されている。また、常軌を逸したハンバーガー好きだったことから”ウィンピー”というニックネームをラソーダから頂戴している。

だが、ドジャースでは控え暮らしに終始し、1975年シーズン終了後にアトランタ・ブレーブスにトレード。交換相手はなんとダスティ・ベイカーであった。

ブレーブスでは外野のレギュラーに定着を果たし、打率.290、4HR、36打点を記録。翌シーズン以降は出場機会が減り、1978年シーズン途中にシアトル・マリナーズにトレード。

マリナーズで本格的に開花。1980年に打率.273、15HR、59打点を記録してブレイクすると、翌シーズンはカーネイ・ランスフォードに続く打率.326、14HR、66打点でオールスターに選出。MVP投票でも10位に入るキャリアハイのシーズンであった。

シーズン終了後にシカゴ・ホワイトソックスにトレード。以後は外野よりもファーストに回ることが多くなったが、イリノイ出身とあってやる気は十分。いぶし銀の打撃に磨きをかけて活躍。

1984年5月8日のミルウォーキー・ブルワーズ戦ではロン・キトルの後を受けて4回から途中出場。この試合が25回にも及ぶ長丁場になり、パチョレックは5安打を記録。途中出場での5安打は現在でも破られないメジャー記録である。

その後シーズン途中にニューヨーク・メッツにトレード。更にテキサス・レンジャースに移り、40歳になった1987年シーズンを持って現役を引退した。

引退後は名物解説者として長きに渡って親しまれ、2016年には大学野球の殿堂入りを果たしている。

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