バーナード・キング Bernard King ~Point King~

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Bernard King (バーナード・キング)
(1956-)
Basketballer
Position:Small Forward
Collage:Tennessee
Height:201cm Weight:93kg
Stuts

ブルックリン生まれのバーナードがテネシー大で残した成績は輝かしい物だった。1年次から3年連続でサウスイースタンカンファレンスのMVPを受賞し、3年次にはオールアメリカンにも選出。卒業を待たずに1977年に全体7位で地元のニューヨーク・ネッツに指名を受けた。

チームは直後にニュージャージー・ネッツに変わったものの、ルーキーイヤーから平均24.2得点、9.5リバウンドを記録してオールルーキーの1stチームに選出。シーズン1909得点はフランチャイズレコードであった。

長い腕とリリースの速さを武器にNBAきっての得点力を誇るSFとして大いに売り出していくキングだったが、素行の悪さがチームに嫌われて1979-1980シーズンはトレードでユタ・ジャズに移籍。

ジャズでは素行不良が頂点に達し、強姦とコカインで逮捕される有様。特にコカインは交通事故で命を落としたチームメイトのテリー・フーローの血中から検出されたことで大問題となった。当時のNBAは選手の6割が麻薬を使用していると言われたほど薬物が蔓延していた。

同シーズンは僅か19試合の出場に終わり、シーズン終了後に今度はゴールデンステート・ウォリアーズにトレード。キングはこのままこの世界によくある転落劇を辿るかと思われた。

だが、ウォリアーズでキングは息を吹き返した。81試合に出場して平均21.9得点、6.8リバウンドを記録してカムバック賞を受賞。翌シーズンにも21.9得点でオールスターとオールNBAの2ndチームに初選出。

1982-1983シーズンはトレードでニューヨーク・ニックスに移籍。故郷でキングはますます奮闘し、1983-1984シーズンにはリック・バリーが1967年に記録して以来という2試合連続50得点を記録。1984年のクリスマスには古巣ネッツを相手に史上10人目の1試合60得点を記録。同シーズンには平均32.9得点で得点王を獲得するなど、爆発的得点力を如何なく発揮していたのだが、このシーズンの後半に事件が起こる。

1985年3月23日、カンザスシティ・キングス戦で右ひざを故障し、以後のシーズンを欠場。翌1985-1986シーズンは全休の憂き目を見、翌シーズンには何とか復帰したものの6試合しか出場できず、シーズン終了後にワシントン・ブレッツに移籍。

ブレッツではスターターに戻ったものの、怪我はいつまでも尾を引き、往時の得点力はとうとう戻ってくることはなかった。それでも1990-1991シーズンには平均28.4得点を記録して4度目のオールスターに出場を果たしたものの、これが最後の輝きであった。

その後またしても故障して1991-1992シーズンを全休し、そのまま出場することなく1992-1993シーズン途中でウェーバーになると、直後にネッツから声がかかって復帰。32試合に出場したものの、もはやまともにプレーできる状態ではなく、同シーズンを持って現役を引退した。

怪我に泣いて16シーズンで僅か874試合しか出場できなかったが、引退時点で歴代16位という19655得点を稼いでいる。

一時代を築くことはできなかったがその輝きは見る物に強烈な印象を与え、2007年には背番号”53″がテネシー大学の永久欠番に、更に2013年にはバスケットの殿堂入りを果たしている。

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