クラレンス・ウェザースプーン Clarence Weatherspoon ~Baby Barkley~

ブログ存続のための寄付を募集しております

Clarence Weatherspoon (クラレンス・ウェザースプーン)
(1971-)
Basketballer
Position: Foward
Collage:Southern Mississippi
Height:198cm Weight:108kg

Stuts

生まれも育ちもミシシッピのウェザースプーンがサザンミシシッピ大での活躍ぶりは素晴らしい物があった。

“Spoon feed”のニックネームで名物となったダンクを武器に1年目からスターターになり、2年目から3年連続でメトロカンファレンスのMVPを獲得。チームの2年続けてのNCAAトーナメント進出の原動力となり、ナショナルチームにも選ばれ、1992年に全体9位でフィラデルフィア・76ersに指名されると背番号”35″はチームの永久欠番となった。

76ersはウェザースプーンの指名されたドラフトの三日後にチームの大黒柱のチャールズ・バークリーを放出。ずんぐりした体型、プレースタイル、いずれもそっくりの”メトロカンファレンスのバークリー”ウェザースプーンへの期待が見て取れる。

ウェザースプーンはこの期待に見事応え、ルーキーイヤーからフル出場して平均15.6得点、7.2リバウンドの活躍でオールルーキー2ndに選出。いつしかウェザースプーンは”Baby Barkley”と呼ばれるようになった。

ちなみに同年はスラムダンクコンテストにも出場し、準優勝している。優勝は奇しくも”Baby Jordan”ことハロルド・マイナーであった。

2年目の1993-1994シーズンはキャリアハイで、平均18.4得点、10.1リバウンドを記録。46試合でダブルダブルを記録し、リバウンド、アシスト、スティール、ブロックがいずれも3ケタに乗るという安定した活躍を見せたが、オールスターへの出場はかなわなかった。

その後は起用法やチームの方針を巡ってチーム首脳陣との対立が目立つようになり、ジェリー・スタックハウスやアレン・アイバーソンの台頭もあって成績が徐々に低迷。1997-1998シーズン途中にゴールデンステート・ウォリアーズにトレードされたが、不調を極めて初めて平均得点が2ケタを割り込んだ。

シーズン終了後にFAでマイアミ・ヒートに移籍。ヒートでは得点力を武器にシックスマンとして脇を固め、初のプレーオフを経験するなど実り多きシーズンを過ごしたが、長居は出来ず1999-2000シーズン終了後に三角トレードでクリーブランド・キャバリアーズに移籍。

キャバリアーズも1シーズン居ただけで、その後はニューヨーク・ニックス、ヒューストン・ロケッツとチームを変わり、2004-2005シーズンを持って現役を引退した。

76ersとは喧嘩別れの形になってしまったが、90年代の76ersの最多得点はほかならぬウェザースプーンである。

引退後は長く消息が聞かれなかったが、2016年に母校サザンミシシッピ大のアシスタントコーチに就任し、現在に至るまで務めている。

コメント