ダーコ・ミリチッチ Darko Milicic ~The Human Victory Cigar~

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Darko Milicic(ダーコ・ミリチッチ)
(1985-)
Basketballer
Position: Center
Collage: None
Height:213cm Weight:113kg

Stuts

ダーク・ノビツキーは偉大だった。コートの中でのことは今更説明は要らないだろうが、NBAをヨーロッパという新たなフロンティアに目を向けさせたには大きな功績だろう。

とはいえヨーロッパ人選手の獲得は博打だ。下位指名でとんでもない掘り出し物が見つかることがある一方、それ以上にとんでもない食わせ物に当ってしまうことも多い。NBAのスタイルや英語に適応できない選手が多いのだ。

16歳にしてセルビアでプロデビューし、7フッターの長身とその長身に似合わぬボールハンドリングで大器の片りんを見せたミリチッチは、2003年に18歳の若さで全体2位でデトロイト・ピストンズに指名され、NBA史上最年少の外国人選手として歴史に名を刻んだ。

同年の全体1位はレブロン・ジェームス、3位にカーメロ・アンソニー、更にクリス・ボッシュ、ドウェイン・ウェイド、クリス・ケイマン、カーク・ハインクリックと続く稀に見る当たり年であったが、当時のピストンズは非常に戦力が充実しており、素行に問題のあるアンソニーよりも、将来性を見込んでミリチッチを指名してじっくり育てるという方針を取った。

ところが戦力が充実しているのも考え物で、大器とはいえ18歳の少年に過ぎないミリチッチは十分な出場機会を与えられず、大差のリードが付いている時に起用されるにとどまり、出場した時にはファンは既にお祝いの葉巻に火を点けているという意味の”The Human Victory Cigar”なる嫌なニックネームを頂戴している。

それでもチームは前評判通りの活躍を見せてファイナルを制覇。ミリチッチは最年少ファイナル出場選手という栄誉も得た。

優勝のキーマンとなったラシード・ウォレスがお祝いにWWEのチャンピオンベルトのレプリカを造って選手や関係者に贈ってのだが、ミリチッチは「自分は貢献をしていない」としてベルトを”返上”してしまった。思えばこの無欲さがミリチッチの運命を決めたのかもしれない。

球団社長のジョー・デュマース以下フロント陣はミリチッチの素質を高く買っていたが、この頃からミリチッチは不熱心さが露呈し始める。練習や英語の習得を怠ってしまい、プレイタイムは増えることなく終始。

結局2006年の2月15日にオーランド・マジックへトレードされ、ピストンズには何も残せずにミリチッチは去って行った。このトレードとて完全に腐る前に体よく厄介払いしたという性質のものだ。

とはいえマジックではそれなりのプレイタイムを確保し、移籍翌年の2006-2007シーズンはPFにコンバートされて80試合に出場し、平均8.0得点、5.5リバウンド、1.8ブロックをマーク。しかし、全体2位でこの成績では言い訳の余地はない。シーズン終了後にFAになったものの、引き留めてもらえずにメンフィス・グリズリーズへ移籍した。

グリズリーズではスターターとして起用されたものの似たような成績で推移。とはいえミリチッチはセルビア代表選手としては非凡なパフォーマンスを見せていたのだが、オフに代表チームで練習していたところにアキレス腱断裂。翌シーズンの前半を欠場し、せっかく獲得したスターターの座もマーク・ガゾルに奪われてしまった。

しかも悪いことに復帰してからしばらくして右手の指を骨折した影響でパフォーマンスが低下。チーム状態も思わしくなく、おおらかだったミリチッチは家の壁を殴りつけるなど段々とすさんでいき、挙句の果てには試合中に自分のユニフォームを引き破るという奇行に出ている。

グリズリーズも持て余したらしく、翌シーズン開幕前にニューヨーク・ニックスにトレード。しかし成績は悪化の一途で、ミリチッチはNBAが嫌になり、ヨーロッパへ出戻ることを画策し始める。

結局シーズン途中にミネソタ・ティンバーウルブルズにトレード。ミネソタは肌に合ったらしく成績は多少持ち直し、2010-2011シーズンにはスターターへと返り咲きを果たした。

しかしこれが最後の輝きで、翌シーズンは23試合しか出場できずにシーズン終了後に解雇。ボストン・セルティックスに拾われ、これが最後のチャンスと背番号を”99″に変更して気合を入れたのだが、1試合しか出場はかなわず、結局このシーズンを最後に27歳の若さで引退した。

引退後は返上したベルトが惜しくなったのかキックボクシングに転向。2014年にデビュー戦に臨んだがTKOに敗れ、そのままキックボクシングからもフェードアウト。バスケットでの現役復帰も考えたようだが、実現には至っていない。

その後しばらく消息は聞かれなかったが、現在はセルビアに帰って土地を買い、50ヘクタールの農地でリンゴ農家を経営している。土地を買い足してサクランボも作ろうかと考えているようで、仕事は順調という。当地のリーグで復帰するという声もある

闘いの世界に身を置くよりも、農家のおじさんとして作物に愛情を注ぐ方がミリチッチには向いているようだ。とにかく彼の第三の人生が実り多きものになることを願うばかりだ。

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