アイザイア・ライダー Isaiah Rider ~悪童~

ブログ存続のための寄付を募集しております

Isaiah Rider (アイザイア・ライダー)
(1971-)
Basketballer
Position: Shooting Guard
Collage:Nevada Las Vegas
Height:196cm Weight:97kg
Stuts

バスケットが下手ならスラムでどうしようもない悪党になっただろうという選手がNBAには少なくない。その最たる例がアイザイア・ライダーだ。

ハイスクールでもスーパースターだったライダーは短大を経てネバダ大ラスベガス校へ進んだ。活躍ぶりは凄まじく、最終学年にはカンファレンスMVPとオールアメリカン2ndに選出されている。

だが、素行の悪さも凄まじかった。同年チームはNITに出場したのだが、ライダーはカンニングを働いて出場停止になり、チームはあえなく敗れている。そもそも同校に落ち着くまでにカンニングや職員への暴行で大学を2回変わっている。

だがそのポテンシャルも凄まじく、1993年に全体5位でミネソタ・ティンバーウルブルズが指名。ルーキーイヤーから平均16.6得点、4.0リバウンド、2.6アシストの活躍でオールルーキー1stに選出。

更にスラムダンクコンテストに出場し、大胆にも優勝を予告。空中でボールを足の下に通してから決める大技、”イーストベイ・ファンク・ダンク”で見事予告を達成してみせた。更にはラップのCDも出している

のだが、プロ入りしても素行の悪さは改まるどころか悪化するばかりで、遅刻、チーム批判、ファンとの言い争いなどを繰り返し、高卒ルーキーのケビン・ガーネットにたしなめられる有様であった。

更には暴行、マリファナ、賭博とコートの外でも犯罪行為を重ね、3年で5回も有罪判決を受けるという並外れた悪童ぶりにチームも手に負えなくなり、1996-1997シーズン開幕前にポートランド・トレイルブレイザーズにトレードされた。

ブレイザーズでも相変わらずの活躍と悪行を見せ、3年で12試合も出場停止を食らっている。

最終年には成績を落とし、日ごろの行いの悪さからすぐ見切りをつけられ、1999-2000シーズン開幕前にアトランタ・ホークスへトレード。このトレードはホークスのラリー・ウィルキンスHCの肝いりで、人気実力ともにチームの中心であったスティーブ・スミスを放出するという大胆なトレードであった。

NBAきっての人格者と名高いスミスと名うての悪党のライダーとの交換ではホークスファンは面白いはずもなく、ファンに嫌われたライダーはすっかり不貞腐れて悪事に精を出し、チームケミストリーは著しく悪化。チームは僅か28勝という散々の成績でシーズンを終え、ウィルキンスHCは解任。ライダーもウェーバーになり、誰一人得する者の無いシーズンは終わった。

翌シーズンはロサンゼルス・レイカーズと契約。レイカーズでは控えに回り、チームが肌に合ったのかさほど問題を起こさずプレーし、チームのファイナル制覇に一定の貢献を果たしたのだが、不摂生が祟ってライダーは衰え始めた。

翌シーズンはデンバー・ナゲッツと契約したものの出場機会はほとんどなく、周囲から引退を勧められたものの拒絶。しかし、もはやライダーを獲得するチームはなく、結局同年限りでわずか9年のキャリアは終わった。

才能を浪費し切ったライダーにはもう何も残らない。引退後も悪事を重ねて殺人以外の悪事は何もかもやりつくし、2007年には暴行とコカインでついに7か月の服役を経験するに至った。

しかも判決を言い渡されたその時、ライダーの母親は病気で危篤状態にあった。ライダーにとって人生最悪の日であったという。

だが、この痛ましい体験がライダーを更生に向かわせるのだから人生はわからない。出所後のライダーは財団を設立して恵まれない子供の支援を始めたのだ。ライダーの人生が良い物になるかはこれからの頑張り次第だろう。

コメント