キース・ヴァン・ホーン Keith Van Horn ~奇々怪々の移籍歴~

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Keith Van Horn (キース・ヴァン・ホーン)
(1975-)
Basketballer
Position: Power Forward/Small Forward
Collage:Utah
Height:208cm Weight:99kg
Stuts

短髪にハイソックス、ユニフォームの着こなし、ふた昔前の古風ないでたちの白人選手、キース・ヴァン・ホーンの活躍で、ユタ大は同大史上最高位となる全米2位まで上り詰めた。ホーンは4年間で同大のレコードである2542得点を記録。3年連続でウエストアトランティックカンファレンスのMVPを3年連続で受賞し、最終学年にはオールアメリカンにも選ばれている。

1997年のドラフトではティム・ダンカンに次ぐ全体2位でフィラデルフィア・76ersが指名。しかし、わずか二日後にホーンは4対3の大型トレードでニュージャージー・ネッツに放出された。

この指名には裏があった。ネッツはシカゴ・ブルズとホーンの争奪戦を繰り広げており、これに目を付けた76ersが良い条件を提示した方に売り抜けるつもりで先に指名したのだ。以後、ホーンの選手人生は奇怪な移籍劇に彩られていく。

ホーンは熾烈な争奪戦をするだけの値打ちはある選手であった。ルーキーイヤーからスターターとして定位置をつかみ、平均19.7得点、6.6リバウンドをマークしてオールルーキー1stに選ばれた。

白人選手の宿命で身体能力に乏しく、ディフェンスで手抜きをするという悪評があったが、オフェンスとなるとロングシュートも決められるスコアラーで、一周回って風変わりないでたちもあいまって人気があった。

チームも好調で2001-2002シーズンにはファイナルに進出したのだが、ホーンはディフェンスでの怠慢な動きが目立ち、ロサンゼルス・レイカーズの前に屈辱の全敗。ホーンは戦犯としてやり玉に挙げられることになった。

この件で評価を落とした影響か、翌シーズン開幕前に因果にも76ersにトレード。以後ホーンはチームを転々とすることになる。

76ersでも平均15.9得点、7.1リバウンドと活躍したものの、シーズン終了後にアトランタ・ホークス、ミネソタ・ティンバーウルブルズの絡む四角トレードでニューヨーク・ニックスに移籍。NBAで三角トレードはさほど珍しい物ではないが、四角は滅多に無い。

更にシーズン途中に三角トレードでミルウォーキー・バックスに移籍。バックス移籍以降は控えに回ることが多くなったものの、チームのプレーオフに進出に貢献。

翌2004-2005シーズン途中にダラス・マーベリックスへトレード。マーベリックスではダーク・ノビツキーの控えとして重宝されたが、パフォーマンの衰えが目立ち、2005-2006シーズンを最後にFAになった。

その後は事実上引退してネッツのスポークスマンを務めていたが、2008年になってジェイソン・キッドのマーベリックスへのトレードに組み込まれ、まさかの形でマーベリックスに出戻った。

結局プレーすることはなかったが、ホーンは思いがけず430万ドルの年俸を獲得し、これを持って正式に現役を引退した。最後の最後まで不思議なトレードに巻き込まれ続けたバスケット人生であった。

現在はコロラドに移り住み、不動産業や子供向けのバスケットクラブの運営を手掛けているという。

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