マーク・アグワイア Mark Aguirre ~点取り屋はメキシカン~

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Mark Aguirre(マーク・アグワイア)
(1959-)
Basketballer
Position: Small Foward
Collage: DePaul
Height:198cm Weight:85kg

Stuts

メキシコ人の父親の元シカゴで生まれたアグワイアは、バスケットボーラーとしては小柄ながらも驚異の得点力でハイスクール時代から名を売り、1978ネンのミスターバスケットボールにも選ばれている。

地元のデポール大学に進学するとますます成長を見せ、1980年にはネイスミス賞を受賞。モスクワ五輪の代表にも選ばれていたが、西側諸国のボイコットで出場はかなわなかった。

同じくシカゴ出身のラリー・カミングスとともに大学の二枚看板として暴れ、1981年に全体1位でダラス・マーベリックスへ。ルーキーイヤーから平均18.7得点を記録。創設間もないマーベリックスの得点源として華々しくデビューを飾った。

その後も平均20点からという得点力を武器にマーベリックスを引っ張り、3年目の1983-1984シーズンにはキャリアハイの平均29.5得点を記録してオールスターに初選出され、チーム初のプレーオフ進出に大きく貢献。

以後オールスターには計3回選出。チームも安定してプレーオフに進出できるようになった。オーナーのドナルド・カーターからも可愛がられ、一見順調なアグワイアの選手人生だったが、チーム内で確執を作り、とりわけもう一人のスコアラーであるローランド・ブラックマンとの対立は深刻であった。

結局これが行き過ぎてカーターも庇いきれなくなり、1988-1989シーズン途中にデトロイト・ピストンズにトレードされることになった。しかし、マーベリックスで積み重ねた13930得点はノビツキー、ブラックマンに次ぐ歴代3位の記録として残っている。

このトレードは同郷で同期のアイザイア・トーマスの存在が影響しているとされ、マーベリックスではもてあまされたアグワイアも荒くれ揃いのピストンズは肌に合ったようだ。

デニス・ロッドマンの控えに回ったものの得点力に加えてディフェンスにも磨きをかけて評価を高め、移籍草々にチームのファイナル初制覇に貢献。翌年の連覇にも控えながら存在感を見せた。

バルセロナ五輪でプロ選手の出場が解禁されたのに伴い、メキシコ代表として出場を画策するという話題もあったが、30代に差し掛かってアグワイアも衰えが始まり、チームも連覇でサラリーキャップが圧迫されて散り散りになり、1992-1993シーズン終了後にウェーバーとなった。

ロサンゼルス・クリッパーズと翌シーズンは契約したものの、衰えは明らかで控えに終始。結局このシーズンを持って現役を引退した。

2016年にはカレッジバスケットの殿堂入り。背番号24はデポール大学の永久欠番となっている。

https://twitter.com/dallasmavs/status/1160951923744415749

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