オーティス・ソープ Otis Thorpe ~Last of K~

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Otis Thorpe(オーティス・ソープ)
(1962-)
Basketballer
Position:Power Forward
Collage:Providence
Height:206cm Weight:102kg
Stuts

NBAはトレードが多い。選手の総数は一番少ないはずなのに、他の3競技と比べても群を抜いて多い。

プロビデンス大でプレーし、フロントコートで好守に印象的な活躍を見せたソープは、史上最大の当たり年と言われた1984年の全体9位でカンザスシティ・キングスに指名された。

ルーキーイヤーから控えながら全試合に出場し、平均12.8得点、6.8リバウンドをマーク。
チームがサクラメントに移転した翌シーズンは少し成績を落としたものの、続く1986-1987シーズンからは先発に完全定着。平均18.9得点、10.0リバウンドを記録して大いに売り出した。

ローポストでの強さには定評があり、縁の下の力持ちとして渋くチームに貢献する頼れるタフガイであったが、当時のNBAは知っての通りPFにタレントが揃っており、貢献度の割に地味な印象が残る。

それでも黙々と職人芸にまい進するソープであったが、1988-1989シーズンからはトレードでヒューストン・ロケッツに移籍。当時のロケッツはアキーム・オラジュワンが君臨しており、ソープはますます地味な存在になってしまう。

だが、オラジュワンの活躍はソープという後見が居たから一層際立ったのも事実であり、ソープはチームとファンの信頼を獲得。1991-1992シーズンにはオールスター出場も果たしている。

1992-1993シーズンには当時のNBA記録となる542試合連続出場を達成。1993-1994シーズンにはファイナル制覇。いぶし銀の男、ソープはヒューストンに安住の地を見つけたかに思われた。

だが、翌シーズン途中にチーム改革を狙ってのトレードが敢行され、ソープはクライド・ドレクスラーとトレーシー・マレーとの交換でポートランド・トレイルブレイザーズにトレードされたのだ。以後ソープは流浪の選手人生を送ることになる。

ブレイザーズでは34試合出場したものの、シーズン終了後にこれまたトレードでデトロイト・ピストンズに移籍。

ピストンズではグラント・ヒルの台頭に伴いセンターでのプレーも経験したが、1996-1997シーズン終了後に今度はバンクーバー・グリズリーズにトレード。さらにシーズン途中に古巣のキングスにトレード。

チームを渡り歩きながらもチームに貢献を続けてきたソープだったが、このあたりから歳もあって徐々に成績に陰りが見え始め、更にワシントン・ウィザーズ、マイアミ・ヒート、シャーロット・ホーネッツと毎年チームを替わり、ホーネッツで現役を引退した。

歴代3位タイの7回のトレードを経験し、引退時点でなんと38歳。カンザスシティ・キングスでプレーした選手はソープが最後であった。

https://twitter.com/HoustonRockets/status/575010907639545856

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