パービス・エリソン Pervis Ellison ~Neber Nervous to Out of Service~

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Pervis Ellison(パービス・エリソン)
(1968-)
Basketballer
Position:Center

Collage:Louisville
Height:206cm Weight:95kg
Stuts

ルイビル大学時代のエリソンの活躍はまさに輝かしい物だった。新入生にしてスターターになり、32勝7敗という好成績を残したチームの中心として13.1得点、8.2リバウンド、2.4ブロックをマークし、1986年のNCAAトーナメントを制覇。更にはトーナメント最優秀選手に選ばれた。1年生の選出は1944年のアーニー・フェリン以来42年ぶりの快挙であった。

果敢なプレースタイルと活躍ぶりに付いたあだ名は”Never Nervous Pervis”(恐れ知らずのパービス)。その後も輝かしい活躍を見せ、3年目にはカンファレンスMVP、4年目にはオールアメリカンに選ばれた。キャリア374ブロックは今でもメトロカンファレンス記録であり、背番号42は永久欠番となっている。

1989年に堂々と全体1位指名を受けてサクラメント・キングスに入団。ところが、将来を約束されたようなエリソンのバスケット人生に思いがけずケチがつき始める。

ルーキーイヤーの成績は平均8.0得点、5.8リバウンド、1.7ブロック。全体1位にしてはあまりに物足りない。出場数はわずか34。怪我をしてしまったのだ。

以後エリソンにはどこまでも怪我がついて回り、ついにはチームメイトのダニー・エインジからは”Out of Service Pervis”(故障中のパービス)という不名誉なニックネームを頂戴する始末。恐れ知らずからたった1年で故障中とはひどい落ちぶれ方があったものだ。

シーズン後にユタ・ジャズの絡んだ三角トレードでワシントン・ブレッツへ移籍。ブレッツでは持ち直し、1991-1992シーズンにはスターターに定着して20.0得点、11.2リバウンド、2.7ブロックという活躍を見せてMIPを受賞。

腐っても鯛と言うべきか、身体さえまともなら抜群のポテンシャルの持ち主で、時々あっというようなプレーを見せてはくれるものの、身体がまともであることが滅多にない。このMIPをピークにまたしても故障の泥沼にはまっていくことになる。

翌シーズンも途中まではスターターとして好調を維持していたものの、シーズン途中でまたも故障し、続く1993-1994シーズンは47試合に出場したものの先発は24試合にとどまり、ボストン・セルティックスへ移籍。

セルティックスでも両膝を壊すなど一向に体調は上向かず、1996-1997シーズンはパワーフォワードにコンバートされたものの、出場は僅か6試合。

翌シーズンは気持ちだけ持ち直して33試合に出場したものの、続く1998-1999シーズンはとうとう全休。まともなプレーどころかそもそもプレーするところもなかなか見れないという苦しい条件下におかれることとなった。

翌シーズンは30試合に出場したものの、大学時代の栄光は見る影もなく、シーズン終了後に今度はシアトル・スーパーソニックスへ移籍。シアトルでとうとう現役を引退した。

11年で試合出場は僅か474試合。怪我があればどれほど活躍したか想像は尽きない。史上最悪の全体1位の呼び声もあるが、一瞬でも輝いてタイトルを獲得したエリソンが最悪ということはないと私は思うのだが…

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