アンクワン・ボルディン Anquan Boldin ~困ったときは~

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Anquan Boldin(アンクワン・ボルディン)
(1980-)
American Footballer
Position:Wide Receiver
Collage: Florida State
Height:185cm Weight:99kg

Relatives:
DJ Boldin(DJ ボルディン)(弟)

Stats

 ボルディンは抜群の身体能力の持ち主であった。ハイスクールではQBとしてフロリダのMr.フットボールに選ばれ、バスケットでも活躍。更に陸上では400m、走り幅跳び、砲丸投げでそれぞれ州トップクラスの選手であった。この取り合わせをこなせる選手は滅多に居ない。

 フロリダ州立大に進んでWRにコンバート。1年目は控えだったがチームは全米1位に輝いてシュガーボウルを制覇。徐々に成績を伸ばし、2003年に全体54位でアリゾナ・カージナルスに指名された。

 ルーキーイヤーから先発に座り、開幕戦でいきなり217ヤードを獲得して1980年にビリー・シムズが打ち立てたNFLのルーキーレコードに並び、101レシーブ、1377ヤード、8TDの大活躍でルーキーとして唯一のプロボウルに選ばれるとともに、攻撃選手新人王のタイトルを獲得した。

 2年目は成績を落としたが、3年目の2005年シーズンには2試合欠場しながら102レシーブ1402ヤード7TDを記録。試合あたり獲得ヤードはリーグトップの100.1ヤードという驚異的な物であった。

 相方のWRラリー・フィッツジェラルドも1407ヤードを記録し、リーグトップの史上三組目となる1000ヤードレシーブコンビが誕生した。二人は共にチャリティーに熱心で仲が良く、オフにはたびたび一緒に戦地へ赴いて軍人を慰問している。

 2006年には史上最速で通算300レシーブを達成。2度目のプロボウルに選ばれ、翌シーズンからはオフェンスチームのキャプテンに就任。このシーズン400レシーブも最速で達成した。

 2008年には開幕早々のジェッツ戦でエリック・スミスにヘルメットでぶつかられて脳震盪で昏倒。スミスは5万ドルの罰金を取られたが、ボルディンは鼻を骨折して欠場。しかし間もなく復帰し、89レシーブ、1038ヤード、キャリア初の2桁となる11TDを記録。フィッツジェラルド、代役のスティーブ・ブレストンと3人並んで1000ヤードを獲得する快挙を達成。3度目のプロボウルに選ばれ、500レシーブも最速でものにした。

 しかし、事故の影響で成績を落としたこともあり、2009年シーズン終了後にボルチモア・レイブンズにトレードで移籍した。

 レイブンズでは移籍初戦で110ヤードを記録し、ロッカールームで聖書の勉強会を開催するなど内外に存在感を示し、6週目のペイトリオッツ戦ではOTに63ヤードの劇的TDを決めるなど、1000ヤードは割り込んだもののここぞという場面で頼りになる男としてボルチモア市民とジョー・フラッコに受け入れられた。

 ちなみにハイスクール時代のQB経験を活かして数年に1回パスを投げる機会があったが、このシーズン初めて成功させている。

 2012年シーズンはさらに成績を落としたものの、プレーオフのヒューストン・テキサンズ戦ではライン際の際どいパスを片手で見事に捕り、これが効いて20-13で勝利。

 しかし、続く宿敵ペイトリオッツ戦はラスト90秒でのビリー・カンディフの32ヤードのFGが外れ、これが効いてチームは20-23でスーパーボウル進出を逃し、カンディフは解雇という後味の悪いシーズンとなった。

 レイ・ルイスが引退を表明した2012年シーズン、ルイスに花道を作ってやろうとレイブンズの面々が奮起してワイルドカードを掴んだ中、ボルディンはシーズンは今一つだったもののプレーオフでここ一番の力を見せる。

 インディアナポリス・コルツ戦では5レシーブで1TDを記録。145ヤードはプレーオフのチームレコードであった。

 続くブロンコス戦では5レシーブ、宿敵ペイトリオッツ戦では5レシーブで2TDをマークし、サンフランシスコ・49ersとの天下分け目のスーパーボウルでは6レシーブ、104ヤード、1TDの大活躍で初のスーパーボウル制覇を達成。ルイスの引退を見事にお膳立てした。

 このオフに因縁の49ersにトレード。これまた開幕戦で100ヤードを獲得し、3チームで初戦に100ヤードを獲得するという史上初の快挙を達成した。

 3シーズンぶりの1000ヤードを獲得する活躍で49ersでも人気と信頼を得て、2015年には長年のチャリティと人徳が買われてウォルター・ペイトン賞を受賞。2014年には弟のDJが彼の推薦もあってコーチに就任。現在に至るまで務めている。

 2016年にはデトロイト・ライオンズに移籍。これまで背番号”81″で通してきたボルディンだったが、引退したばかりの同じく”81″のカルビン・ジョンソンに敬意を示し、背番号を空けて”80″でプレーした。

 ライオンズではキャリア最低の584ヤードに終わったものの、クラッチ差は変わらずで8TDをマーク。オフに今度はバッファロー・ビルズへ移籍したが、キャンプ中に突然引退を表明。チャリティにもっと力を注ぎたいというのが理由であった。

 2019年にレイブンズと一日限りの契約を結んで正式に引退。望み通り今でもチャリティに身を投じている。

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