ジーン・アップショー Gene Upshaw ~Highway63~

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Gene Upshaw(ジーン・アップショー)
(1945-2008)
American Footballer
Position:offensive Guard
Collage: Texas A&I
Height:195cm Weight:115kg

Relatives:
Marvin Upshaw(マービン・アップショー)(弟)
WIllie Upshaw(ウィリー・アップショー)(いとこ)

Stats

弟のマービンもNFLで長くプレーしたDLで、いとこのウィリーは大リーガでダイエーでもプレーした”あの”アップショーというアスリート一族に生まれたアップショーはNAIAのテキサスA&I大でプレーした。

同大はNAIAだけあって全くの無名校であったが、アップショーは際立った活躍を見せ、1967年のAFLドラフトで全体17位でオークランド・レイダーズに指名された。

196センチ115キロという信じがたい巨体を武器にルーキーイヤーからLGのスターターに起用され、ルーキーイヤーにいきなりAFL制覇を達成。まだワールドチャンピオンシップと呼ばれていた第2回スーパーボウルにチームを導いた。

翌シーズンにはオールスターとオールプロに初選出。レイダーズオフェンスの為に道を切り開く”Highway63″の有名は全国区となった。

1969年にはジョン・マッデンがHCに就任。チームは本格的に黄金時代を築いていく。その先頭には常にアップショー達凶暴で屈強なラインマンたちが居た。

以来アップショーは1試合も休むことなくレイダーズの黄金時代の一部として立ち回った。勝つときも負ける時も、どんな時もアップショーはそこに居た。

テレビ史に残る放送事故となったハイジゲーム、運命の神様がレイダーズに味方したとしか思えないゴーストトゥーザポスト、そのツケのように思われるイマキュレートレセプション、ルールさえ変えたホーリーローラー、レイダーズ黄金時代を良くも悪くも彩る珍事件にも常に立ち会った。

1972年には先発QBにケン・ステイブラーが台頭。ラインマンなら誰しも戸惑う左利きのこの男を必死に守りたて、1977年には悲願のスーパーボウル制覇を達成。1980年には2度目の制覇。翌1981年シーズンをもって現役を引退した。連続207試合出場は今なお破られないLGの最多記録である。

しかし、選手としての活躍以上に特筆すべきは選手会での活動である。1980年から1983年まで選手会長を務め、その後は死の直前までエグゼクティブディレクターの地位にあり続けた。

年金や労使交渉、サラリーキャップ、FA、レベニューシェアリング、NFLをNFLたらしめる重要な決め事の裏には常にアップショーが居た。その辣腕ぶりは毀誉褒貶があり、敵も多かったが、アップショーが居なければ今のNFLはなかったのもまた事実である。

1987年にはプロフットボール殿堂入りを達成。2004年にはDiv.IIの最優秀OLに与えられるジーン・アップショー賞が作られ、晩年に至るまで精力的に活動していたが、2008年8月20日、癌で急逝した。奇しくも背番号と同じ63歳になったばかりであった。

2008年の開幕戦は全選手が”GU63″というパッチをユニフォームに着けてプレーし、レイダーズはシーズンを通してつけ続けた。あの巨体にはNFLの歴史が丸ごと詰まっていたのだ。

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