ジョン・リンチ John Lynch ~Captain Lynch~

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John Lynch (ジョン・リンチ)
(1971-)
American Footballer
Position:Safety

Collage:Stanford
Height:188cm Weight:99kg

Stuts

サンディエゴのラジオ局の重役の息子に生まれ、何不自由ない少年時代を過ごしたリンチは心置きなくスポーツに打ち込み、野球、フットボール、バスケットのいずれでも優秀な成績を収め、スタンフォード大学に進学した。

控えQBとして大学のキャリアをスタートしたもののさほどの活躍を見せることは出来ず、3年生となった1992年に全体66位でMLBのフロリダ・マーリンズに指名され、学業とフットボールの片手間にマイナーリーグでプレーする生活が始まった。

MAX95マイルを投げる右投手としてシングルAで勝ち星も挙げ、野球に専念すればそれなりの活躍が出来たのだろうが、最終学年となる1992年に就任した名将ビル・ウォルシュHCの提案でDBにコンバートされると12試合で4INTを記録するなど頭角を現し、1993年に3巡目でタンパベイ・バッカニアーズに指名されると野球に見切りをつけてフットボールへと舵を切った。

ちなみにマイナーリーグでリンチが着ていたユニフォームは野球殿堂に飾られているという。

3巡目という評価通り最初の数シーズンはたまに先発しつつもっぱらSTとして過ごした。しかも当時のバッカニアーズは15年近くの長きに渡って負け越しを続けていた弱小チームで、チームにはだらけきった空気が蔓延していた。

そんなチームとリンチの運命を変えたのが、1996年のトニー・ダンジーHCの就任であった。ダンジーはディフェンスコーディネーターのモンテ・キフィンと一緒に全く新しいディフェンスを考案したのだ。

ディープゾーンを二人のSが守る”カバー2″は、DB陣に広い守備範囲が求められ、ゾーンの隙間を狙われると脆く、一度ロングパスが通るとカバーが遅れてビッグゲインになってしまうという弱点がある。ダンジーはこれにひと工夫加え、必要に応じてILBにディープゾーンも守らせることにしたのだ。これが所謂”タンパ2″ディフェンスの誕生であった。

ロングパスを防ぐのには効果的だが複雑な連携が求められるこの新戦術を、1995年シーズン途中からSSの先発に収まったリンチは熱心に習得し、このシーズンは6勝10敗に終わったものの、103タックル、1.0サック、3INT、2FRと存在感をアピール。

チームが成熟した翌シーズンにバッカニアーズは大飛躍し、僅か299得点ながらもリーグ3位となる4628喪失ヤード、2位の263失点という堅守で手堅く勝ち進み、10勝6敗で1981年以来の勝ち越しを記録。ワイルドカードでプレーオフに進出した。

リンチ自身も109タックル、2INT、2FRの大活躍でプロボウルに初選出。これがリンチとバッカニアーズの本当の船出となるのだった。

翌1998年シーズンは8勝8敗と不本意な成績に終わったものの、続く1999年は11勝5敗で17年ぶりの地区優勝を達成。リンチもキャリアハイとなる117タックルに加え、0.5サック、2INTの暴れぶりで2度目のプロボウルに加えてオールプロにも選出。

翌シーズンもプロボウルとオールプロに選ばれ、HCがジョン・グルデンに交代した2002年にはとうとうスーパーボウルに初進出。48-21でオークランド・レイダーズを下し、タンパの町に初めて”財宝”ビンス・ロンバルディ・トロフィーをもたらしたのだった。

だが、勝つほどにチームの解体を強いられるのがフットボールの辛い所で、選手たちの年俸は年々高騰し、特に2000年シーズンの終わりに6年2400万ドルという大型契約を結んでいたリンチはサラリーキャップを大きく圧迫するようになっていた。

2003年シーズンは主力を欠いてチームは大きく負け越し、リンチも不調で4年間続けてきたプロボウルへの出場も叶わず、減俸も拒絶したことからFAとなり、争奪戦の末にデンバー・ブロンコスへと移籍した。

ブロンコスではSSからFSへとコンバートされて復調し、64タックル、2.0サック、1INTの活躍でプロボウルへ返り咲き、2005年にはキャリアハイの4.0サックをマーク。チームも地区優勝。

翌2007年からはディフェンスチームのキャプテンに就任し、チームを盛り立てたものの、故障と衰えに悩むようになり、2007年シーズンには9度目のプロボウルに選ばれたものの、2008年シーズン開幕前に調整不足からとうとう解雇。

2週間後にニューイングランド・ペイトリオッツと契約したものの、結局開幕前にカットされ、「チームの負け犬文化を変えることができたのを誇りに思う」とコメントして同年限りで引退した。

引退後はFOXで解説者を務め、2016年にはブロンコスとバッカニアーズの殿堂入りも果たすなど、順風満帆に過ごしていたのだが、2017年シーズンからサンフランシスコ・49ersのGMに電撃的に就任。今のところ結果が出ているとは言えないが、殿堂入りともども朗報が待たれる。

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