レボン・カークランド Levon Kirkland ~Iron ball~

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Levon Kirkland (レボン・カークランド)
(1965-)
American Footballer
Position:Inside Linebacker
Collage: Clemson
Height:183cm Weight:122kg
Relatives:
Jason Still (ジェイソン・スーティル)(いとこ)

Stats

クレムゾン大学でのカークランドはOLBであったという。当時から規格外の体格とパワーは際立っていて、オールアメリカンにも選ばれている。思えば”人間冷蔵庫”ウィリアム・ペリーもクレムゾン大だ。あの大学は変わった体格の選手が好きなのかもしれない。ちなみにいとこにはジェイソン・スーティル、その更にいとこにはプロボウルに4回選ばれたアート・スーティルが居る。

1993年にドラフト2巡目でピッツバーグ・パイレーツ入り。ルーキーイヤーは控えだったものの、2年目からデビッド・リトルに代わって左サイドのILBに定着。103タックルを記録してたちまちプロボウラーだったリトルの穴を埋めた。

185センチの低身長ながら、体重125キロから140キロというとんでもない体格の持ち主で、それにもかかわらず40ヤード走では5秒を切る俊足であった。

パワーを武器にラインをぶち破って慌てふためくQBに襲い掛かり、まんまと抜け出したと思ったRBは持ち前の俊足で追いかけて後ろから押し倒す。この背番号”99″はチームの最終兵器としてたちまちのうちにピッツバーグの顔となった。

カークランドたち”鉄のカーテン”の堅守を武器に1995年シーズンはスーパーボウルに進出。ダラス・カウボーイズを前にQBニール・オドネルが痛恨の2INTを投げて27-17で敗れたものの、カウボーイズが誇るRBエミット・スミスは僅か56ヤードの獲得に留まり、カークランドはQBトロイ・エイクマンに強烈なサックを見舞っている。その実態は紙一重であったと言うべきだろう。

さて、当時のスティーラーズディフェンスのリーダーはROLBのグレッグ・ロイドであった。しかしそのロイドが故障で1996年シーズンは離脱。代わりのリーダーとしてカークランドに白羽の矢が立った。

当時スティーラーズはニッケルディフェンスを多用していた。すなわちLBを一人減らしてDBを一人増やす戦術だ。この五人目のDBをニッケルバックと呼び、これは長年ロイドの役目であった。カークランドがこれを代わったのだ。

いくら足が速いと言ってもあのずんぐりむっくりのカークランドにこの役が務まるのか多くの人は半信半疑であった。ところが蓋を開けてみればカークランドはこの役を完璧にこなし、113タックル、4.0サックを記録する一方でなんと4INTをマーク。プロボウルに初選出された。

翌シーズンからはロイドが復帰してニッケルバックはお役御免になったものの、パスでもカークランドは油断ならないという認識が広まり、その甲斐あってキャリアハイの126タックル、5.0サック、2INTをマーク。プロボウルに加えてオールプロにも選出された。

その後もスティーラーズディフェンスの中核として縦横無尽に暴れ、1998年と1999年にはチームMVPを受賞。しかし2000年シーズン終了後にサラリーキャップの規定が大きく変わった。多くの高年俸選手がチームを追われ、このシーズン若干成績を落としてしまったカークランドもこのあおりを食らってチームを離れることになり、シアトル・シーホークスへ移籍した。

シーホークスでは100タックルを記録して復活。翌シーズンは更にフィラデルフィア・イーグルスへ移ってこのシーズン限りで現役を引退した。

引退後は大学へ戻って勉強をし直し、2004年に社会学の学位を取得。その後ハイスクールでコーチの修行を始め、フロリダA&M大のLBコーチを経て、2015年からはアリゾナ・カージナルスでLBコーチを務めている。

フィールドのどこにいても目立つカークランドはまさに90年代のNFLの顔であった。90年代のオールディケードチームにも選ばれている。

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