マーク・バルジャー Marc Bulger ~控えQBはつらいよ~

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Marc Bulger (マーク・バルジャー)
(1977-)
American Footballer
Position:Quarter Back

Collage:West Virginia
Height:190cm Weight:97kg

Stuts

控えQBとはまことしがないものである。他のポジションなら控えでもある程度の出場が望めるが、QBにそんな機会は滅多に無く、故障での交代も少ない。それでも2番手ならまだいいが、3番手QBとなればもう試合出場は絶望的だ。

ウェストバージニア大で1年目途中から先発の座を掴み、同大の歴史に残るQBとして活躍したバルジャーも、2000年に6巡目全体168位でニューオーリンズ・セインツに指名されると控えQBの辛酸を嫌というほど舐めることになる。

セインツはキャンプ中にカットされ、アトランタ・ファルコンズに拾われるもののここも2週間でカット。続いてセントルイス・ラムズと練習生契約を結び、2001年1月にようやく本契約を結ぶことができた。

だが、ラムズにはよりにもよってカート・ワーナーがいた。スーパーでアルバイトをしながらアリーナフットボールで腕を磨き、スーパーボウルを制してアメリカンドリームを体現した直後である。となれば3番手のバルジャーには当然出番は回ってこない。最初の2年は出場機会のないまま辛い日々を過ごすことになる。

いつクビになるかもわからない中、バルジャーは腐らずにトレーニングを続けた。待てば海路の日和ありと言うが、そうしているうちに果たしてチャンスが来た。

ラムズの2002年シーズンは最悪の滑り出しだった。ワーナーが開幕から絶不調で連敗を続け、挙句4試合目のカウボーイズ戦で開始早々負傷。2番手のジェイミー・マーチンが後を引き継いだものの連敗は止まらず、翌週49ers相手に開幕5連敗を喫したところででマーチンもリタイア。3番手のバルジャーに先発の座が回ってきた。

ラムズファンは絶望的な気分で6試合目ののレイダーズ戦に臨んだが、バルジャーは思いがけず巡ってきたチャンスを完璧にものにして見せた。パス21回中14回成功で186ヤード、3TD、INT無しでレーティングは実に134.1という大活躍。28-13で待望のシーズン初勝利をつかんだ。

これを皮切りにチームは怒涛の5連勝。終わってみれば7勝9敗まで星を戻し、バルジャーは一躍救世主としてスターダムにのし上がったのだった。

続く2003年シーズン、開幕戦はワーナーが先発したものの故障が尾を引き5回のターンオーバーを喫して敗北。これ以降はバルジャーが先発に座り、15試合でリーグ最多の22INTを喫してしまったものの、それを補って余りある3845ヤード、22TDの活躍で12勝3敗をマーク。プロボウルに選出。

このシーズン限りでワーナーはラムズを去り、バルジャーは翌シーズンに向けて4年総額1910万ドルの大型契約を結んで押しも押されぬスター選手となった。続くシーズンは8勝6敗とし、チームはプレーオフに進出。

続く2005年は相次ぐ故障で8試合の出場に終わったものの、続く2006年はフル出場して4301ヤード、24TD、8INTをマークして2度目のプロボウルに選出。このシーズンには通算45試合目でパス1000回成功をマーク。これはワーナーが記録した47試合を塗り替えるNFLレコードであった。

2007年シーズン開幕前にはラムズ史上最高額となる6年6250万ドルの契約を結んだが、チームには怪我人が続出。とりわけラインマンは死屍累々の惨状で、バルジャーは2392ヤード、11TD、15INTと初めてTDがINTを上回ってしまう不本意な成績に終わった。

2008年シーズンは多少持ち直したもののINTは相変わらず多く、2009年には故障でシーズン途中でリタイア。チームも1勝15敗というどん底まで落ち込み、3シーズンでチームは6勝42敗という暗黒時代に入ってしまった。

故障とパフォーマンスの低下に苦しむバルジャーはサラリーキャップを圧迫し、2010年4月5日、33歳の誕生日にチームを解雇された。

6月にボルチモア・レイブンズと契約したものの、ジョー・フラッコの控えであった。もはやバルジャーには先発に戻る力は残っておらず、このシーズンを最後に現役を引退した。全盛期は短かったが、3番手からワーナーの後を引き継いで放ったその輝きは強烈であった。

現在は財団を経営しながら趣味のカーリングに興じる日々を送っている。同好の士の元選手を集めてオリンピックを目指しているというのだから大変な熱の入れようだ。

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