マーク・トゥイネイ Mark Tuinei 〜Gentle giant

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Mark Tuinei(マーク・トゥイネイ)
(1960-)
American Footballer
Position:offensive Tackle
Collage: UCLA/Hawaii
Height:196cm Weight:136kg

Relatives:
Van Tuinei(ヴァン・トゥイネイ)(弟)
Dan Saleaumua (ダン・サレウムア)(いとこ)

Stats

兄のトム、弟のヴァンもNFLでプレーし、更にいとこのダン・サレウムアはプロボウルに出ているというフットボール一族のトゥイネイの、ハワイの名門プナポウハイスクールでの活躍は凄まじかった。本職のフットボールではDTとして誰にも止めることは出来ず、砲丸投げでは州チャンピオン。更にバスケットボールでも州のオールスターに選ばれている。ちなみにバスケットチームにはバラク・オバマが居た。つまり彼は大統領のオハナである。

UCLAへ進み、DTとして一定の活躍を見せたのだが、ポリネシアンの多分に漏れずトゥイネイは頑強であったが同時に喧嘩早すぎた。3年時に喧嘩騒ぎで退学になり、3ヶ月収監された挙げ句に地元のハワイ大学へと転校した。

ハワイでは一旦本土に出た若者が出戻ってくるのは不名誉なこととされている。そのうえトゥイネイは怪我をして試合になかなか出られなかった。結局ドラフトではどこからも指名されず、ドラフト外で1983年にダラス・カウボーイズと契約した。

6フィート半300ポンドという驚異の体格とパワーでドラフト外ながらも一目置かれ、控えDT兼STとして地道に仕事をこなしていたのだが、1985年のプレシーズンに思いがけずチャンスが訪れる。

当時のカウボーイズは控えのラインマンを攻守両方でプレーさせることに凝っていた。トゥイネイもこの流れを受けてOLとして時々起用されていたのだが、このシーズンからCのトム・ラファティの控えとしてオフェンスでのプレーが大幅に増えた。

OLの全てのポジションに加えてDEも経験し、翌シーズンからLTの定位置を獲得。苦労をしてすっかり性格も丸くなり、ファンにも仲間にも愛される頼れる選手となった。

当時のカウボーイズはトリプレッツの全盛期であった。エイクマンがアービンにパスを投げるならその背後を固め、スミスが走るならジョンストンと一緒に道を開く。故障がちながらも規格外の巨体とパワーを武器にカウボーイズオフェンスの影の立役者として縦横無尽に立ち回った。

トゥイネイの尽力の甲斐あってエミット・スミスは1992年から4年連続でリーディングラッシャーのタイトルを獲得。これが利いて1992年、1993年とチームはスーパーボウルを制し、王号時代を迎えた。

エイクマンも当然トゥイネイには世話になっており、1994年にはシーズンわずか20サックというチームレコードを打ち立て、これが買われてプロボウルに初選出。不名誉な形でで戻った故郷へ今度は錦を飾りに帰ることが出来た。

翌シーズンはこのチームレコードを塗り変える18サックで3つ目のリングを獲得。再びプロボウルに選ばれたのだが、度重なる怪我は段々とトゥイネイを衰えさせていった。

毎シーズン数試合は欠場していたのだが、1996年シーズン終了後に手術を受けることになり、これが響いて翌シーズンの出場はわずか6試合、結局このシーズンを最後に現役を引退した。カウボーイズはこの頃から徐々に弱体化を始めることになる。

15年の在籍はチームタイ記録。怪我がちの中積み上げた195試合出場は、オフェンスの選手としてはチーム最多記録となっている。

引退後はハワイに帰り、プナポウハイスクールでコーチになる計画を練っていたのだが、ほんの気の迷いからだろうか。ドラッグを試してみたのが運の尽きだった。ショック症状を起こし、1999年5月6日に愛車の中でひっそりと息を引き取った。誰もに愛された”Gentle giant”のあまりに悲しい最後であった。

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