ラシーブ・イスマイル Raghib Ismail ~Canadian Rocket~

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Raghib Ismail(ラシーブ・イスマイル)
(1969-)
American Footballer
Position:Wide Receiver
Collage: Notre Dame
Height:180cm Weight:81kg

Relatives:
Qadry Ismail(カドリー・イスマイル)(弟)

Stats

名前で想像は付くだろうが、イスマイルの父親はムスリムであった。だがイスマイルが10歳の頃に父親はなくなり、熱心なクリスチャンである祖母に引き取らると、イスマイルは改宗してこれまた熱心な信者になった。

その甲斐あってフットボールの才能を見込まれてノートルダム大学に進学。その片手間に陸上競技でも活躍し、100メートルを10秒2で走ったというから恐ろしい俊足である。

その爆発的なスピードから”ロケット”の異名が付いた。ちなみに弟のカドリーも”ミサイル”の異名を取り、シラキュース大を経てNFLでプレー。兄のスレイマンも”ボム”と呼ばれてカレッジでは鳴らしたのだが、名前が威力不足だからかアリーナフットボールでプレーするにとどまった。しかし格闘技に転身してボクシングや総合格闘技の試合に出場している。そんな爆発的な息子達を女手で育て上げた母親は、近所では”発射台”とあだ名されたという。

特にロケットはすごかった。WR兼リターナーとして大暴れし、1試合で2度もKRTDを決めるなど自慢の俊足を遺憾なく発揮。1990年にはオレンジボウルでの勝利に大きく貢献している。
最終学年にはハイズマン賞の投票でタイ・デトマーに次ぐ2位に入るなどカレッジナンバーワンのWRのとしての評価を不動にし、ダラス・カウボーイズが全体1位で指名する予定であったが、イスマイルは思いがけない行動に出る。ドラフトに先駆けてカナディアンフットボールのチームと契約したのだ。

カナディアンフットボールはカナダでは一定の人気があるものの、結局はNFLに行きそびれた選手の集まりという印象が今も昔も否めない。それが不満だったトロント・アルゴノーツのブルース・マクナルオーナーはスター選手の獲得で一発逆転を狙ったのだった。

この年からCFLはサラリーキャップが設定されたが、一人だけサラリーキャップの対象外になる選手を設定することが認められていた。この枠でイスマイルを獲得しようというのだ。

コメディアンのジョン・キャンディーやホッケーの神様ウェイン・グレツキーに共同オーナーになってもらうことでマクナルは金をかき集め、イスマイルと当時のプロフットボール史上最高額となる4年1820万ドルという巨額の契約を結んだ。当時のサラリーキャップの10倍近いとてつもない数字であり、CFLで二番目の高給取りで、NFLから流れてきたばかりのダグ・フルーティが年俸100万ドルだからその契約はあまりに衝撃的であった。

果たしてイスマイルは大活躍し、チームのグレイカップ獲得に大きく貢献するとともにMVPを獲得したのだが、結局CFLの置かれた立場を変えることまでは出来ず、2年プレーしてロサンゼルス・レイダーズに移った。こうなることを見越していたレイダーズは、1991年のドラフトで全体100位でイスマイルを指名して唾を付けておいたのだ。

レイダーズではKR兼控えWRとして起用され、2年目には控えでありながら5レシービングTDを記録するなど活躍。3年目の1995年にはWRとしても先発に昇格したのだが、シーズン終了後にカロライナ・パンサーズにトレードで移籍した。

パンサーズでも当初は控えだったものの、3年目の1998年には先発に上り詰めてキャリアハイとなる1097ヤード、8TDを獲得。シーズン終了後に本当なら入る予定であったカウボーイズへと移籍した。

カウボーイズでは移籍間もなくマイケル・アービンの故障で先発として出場。しかし、右膝を痛めてだんだんと欠場がちになり、2002年のプレシーズンにはLBダット・グエンと交錯して故障者リスト入りし、そのままシーズンを全休。そのまま復帰は叶わず、2003年に引退を表明した。

引退後は解説者を務める他、そのあまりに劇的な人生を活かして講演活動で生計を立てているという。2019年にはカレッジフットボールの殿堂入りも果たしている。

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