シャノン・シャープ Shannon Sharpe ~Sharpe Shooter~

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Shannon Sharpe (シャノン・シャープ)
(1968-)
American Footballer
Position:Tight End

Collage:Savanna State
Height:188cm Weight:103kg

Relatives:
Sterling Sharpe(スターリング・シャープ)(兄)
Stuts

ジョージアのシャープ家は極貧であった。シャノンは後に「家に押し入った強盗に逆に強盗を働いた」という笑えないジョークを飛ばしたほどである。

だが、シャープ家からは孝行息子が二人出た。シャノンは言うに及ばず、兄のスターリングもWRとしてプロボウルに5回も選ばれる優秀なフットボーラーになったのだ。

だが、二人のキャリアは正反対と言っていい。寡黙な兄のスターリングは1巡目指名でプロ入りし、ファーブ以前の弱小パッカーズを支え続けた。一方お調子者の弟シャノンは後には3つもリングを手に入れたが、当初は全く期待されていなかった。

スターリングはノースカロライナ大でカレッジフットボール殿堂入りを果たす大活躍を見せたが、シャノンは有名大学からは鼻もひっかけてもらえず、当時Div.IIに籍を置いていた地元のサバンナ州立大へと進んだ。

カレッジではフットボールの他にバスケットと陸上でも活躍。2年次にカンファレンスMVP、さらに三年連続でDiv.IIのオールアメリカンに選出される大活躍を見せたが、所詮Div.IIでは高い評価は望むべくもなく、1990年に7巡目、全体192位でデンバー・ブロンコスに入団した。これとてスターリングの弟という肩書があっての評価だから、期待の程は知れるだろう。

この順位では先発の座以前にチームのロースターに残ることから考えなければならない。シャノンも危うくカットされかけながら何とかロースターに残り、プロボウラーとして活躍する兄をしり目に控えとして2年間を過ごす。

だが、3年目となる1992年に先発の座をつかむと、53レシーブで640ヤード、2TDを獲得してブレイクし、兄弟でプロボウルに並び立つ快挙を達成。続く1993年は81レシーブで995ヤード、9TDという成績でオールプロにも選出。

特にプレーオフでの活躍ぶりは目覚ましく、初戦のロサンゼルス・レイダーズ戦でチームは敗れたものの、プレーオフレコードとなる12レシーブ、156ヤード、1TDの大暴れを見せている。

188センチとTEとしては小兵ながら筋骨隆々で、ダブルチームでないと止まらないというパワーを利してQBのジョン・エルウェイを守り、またパスターゲットを守る。それを嫌って他のターゲットにカバーを割けばシャープ自らパスを捕る。タックルを食らっても滅多にボールはこぼさない。当時のブロンコスはエルウェイのワンマンチームという定評があったが、エルウェイをそれだけ際立たせたのはシャープがいたからに他ならない。

シャノンもスターリングもこの調子で兄弟揃ってNFLで大いに幅を利かせるつもりでいたのだろうが、思いがけず離別の日が来た。スターリングが首を痛めて1994年シーズン限りで引退を余儀なくされてしまったのだ。このシーズンスターリングはリーグトップの16レシービングTDをマークし、シャノンは初の1000ヤードを獲得していた。スターリングの無念たるや想像もつかない。

シャノンはそれでもめげなかった。毎年毎年プロボウルに選ばれ続け、1997年には72レシーブ、1107ヤード、3TDの大活躍でチーム悲願のスーパーボウル初制覇に大きく貢献。だが、相手はブレット・ファーブ率いるグリーンベイ・パッカーズであった。スターリングが居ればどうなったかわからない。

翌シーズンも獲得ヤードは768ヤードながら10TDをマークして連覇に貢献。しかしエルウェイがこの連覇を花道に引退してしまうとチームは崩壊し、僅か5試合の出場に終わる不本意なシーズンを過ごしたシャープは、シーズン終了後にボルチモア・レイブンズへと移籍した。

移籍初年は67レシーブ、810ヤード、5TDと息を吹き返し、レイダーズを迎え撃ってのカンファレンスチャンピオンシップでは自陣4ヤード地点で3&18という絶望的状況からショートパスを受け、そのまま96ヤードのタッチダウンを決めるスーパープレーも披露。その勢いでスーパーボウルでもニューヨーク・ジャイアンツを下し、3つ目のリングを獲得した。

翌シーズンは3年ぶりのプロボウルに選ばれ、これを置き土産に古巣ブロンコスへ復帰。2年間元気に勤め上げ、2003年シーズンを持って現役を引退。通算815レシーブ、10060ヤード、62TDはいずれも引退時点でTEの最多記録であり、のちには90年代のオールディケードチームに選ばれている

引退後は口の上手さを活かして解説者に転身。口が悪いうえに訛りがあるが、CBSを振り出しに何度か局を変えつつ解説者を続けられているというのは人気があるということだ。

2011年にプロフットボール殿堂入り。「自分はシャープ家初の殿堂入り選手にして、二番目の名選手だ」とスピーチし、ESPNで現役時代同様堅実に解説者を続ける兄のスターリングを讃えた。シャノンの代名詞の背番号84は同じく背番号84のスターリングに憧れて付けたという。いい兄弟だ。

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