トニー・ゴンザレス Tony Gonzalez ~大酋長~

ブログ存続のための寄付を募集しております

Tony Gonzalez (トニー・ゴンザレス)
(1976-)
American Footballer
Position:Tight End
Collage: Washington State
Height:196cm Weight:112kg

Stats

黒人、白人、そしてネイティブアメリカンの複雑な混血であるゴンザレスは、カリフォルニアのハイスクールではフットボールではLBとTEの両方でオールアメリカンに選ばれ、更にバスケットでも大活躍。オレンジ郡の最優秀アスリートにあのタイガー・ウッズとともに選ばれている。

カリフォルニア大バークレー校で後にサンフランシスコ・49ersのHCとなるスティーブ・マウリッチHCのもと2年目から先発の座を掴み、3年目にはオールアメリカンに選ばれている。

その一方でバスケットもプレー。シャリーム・アブドゥル=ラヒームら後のNBAプレイヤーに混じって1996-1997シーズンのNCAAトーナメントのスイートシクスティーン進出に貢献。プロ入りして時々ゴールポストにダンクシュートを決めていたのはこういう背景がある。

大学へ残ってバスケットを続ける道もあったが、ゴンザレスは悩んだ末にフットボールを選んで3年でアーリーエントリー。1997年のドラフトでカンザスシティ・チーフスが全体13位で指名。ルーキーイヤーは控えで過ごしたものの、パントブロックを決めるなどポテンシャルはぴか一で、チームも地区優勝を飾っている。

翌シーズンから先発に定着。バスケットボーラーならではの身体能力と196センチの長身を武器にレシービングTEとして売り出し、1999年には76レシーブで849ヤード、11TDを獲得する大活躍でプロボウルとオールプロにダブルで初選出。以後長きにわたって選出され続けることになる。

2000年にはTEとしては出色の1203ヤードを捕って初の1000ヤード超えを達成。2004年にはリーグトップの102レシーブでTEの最多記録を更新。この記録は2012年にジェイソン・ウィッテンが103レシーブで更新したが、当時のチーフスと2012年のペイトリオッツではチーム状態が違い過ぎる。ゴンザレスの記録もやはり凄い。

2006年には通算獲得ヤードとTDのチームレコードを早くも更新。しかし、ゴンザレスの縦横無尽の活躍にも拘らずチーフスは勝ちきれず、2007年にはわずか2勝という悲惨なシーズンとなったが、それでもシャノン・シャープが持っていたTEの通算レシーブ数の記録を更新。

輝かしい成績に加えサイドビジネスでも成功を収め、有名ニュースリポーターと子供まで作る仲になり、一見順風満帆に見えるゴンザレスの人生であったが、勝ち星にだけは恵まれなかった。

2008年シーズンは嫌な年であった。オフにレストランでたまたま居合わせた客が喉を詰ませたのを救命に成功したものの、この客がチャージャーズファンであったのがケチのつきはじめであった。チームは僅か4勝に終わり、ついに嫌気が差したゴンザレスは勝てるチームへのトレードを志願。これが聞き入れられてシーズン終了後にアトランタ・ファルコンズにトレードで移籍した。

ファルコンズはなるほどチーフスより強かったが、ゴンザレスは移籍初年度は調子を落とし、10年続いたプロボウルへの選出が途切れる屈辱を味わった。続く2010年はプロボウルに返り咲いたものの、往時ほどの飛び抜けた数字は残せなくなり、是非とも欲しいスーパーボウルリングからは徐々に遠ざかって行くのだった。

それでも積み重ねた数字は決して損なわれるものではなく、TEとして史上初の1000レシーブを達成し、地区優勝も達成。翌シーズンは労使交渉でロックアウトが噂され、その場合引退することを表明したが、果たしてシーズンは無事に開幕して事なきを得た。

2012年には開幕戦で古巣のチーフスと初対戦して敗れたが、これまたTEとして初の100TDを達成し、チームも地区優勝。プレーオフでシアトル・シーホークスを破り、ついに選手人生初のプレーオフの勝利を得た。

しかし、続くカンファレンスチャンピオンシップで49ersに敗れてスーパーボウルにはついに届かなかった。

諦めて引退を決意したが、周囲の説得で翻意して2013年も現役を続行し、14回目のプロボウルに選ばれたが、あらゆるパスを捕ってきたゴンザレスもついにリングだけは捕ることができず、このシーズン限りで現役を終えた。

通算1325レシーブはジェリー・ライス、ラリー・フィッツジェラルドに次ぐ歴代3位。15127ヤード、111TDはいずれもTEとして最多記録である。これだけやってリングに手が届かなかったのには運命論的なものを感じずにはいられない。

引退後は解説者の傍ら、現役時代から続けてきた清掃業のビジネスに加え、現役時代のオーガニック食による食事療法の経験を活かしてダイエットインストラクターとしても活躍。2019年には資格取得とともに殿堂入りを達成し、リングはないが順風満帆の第二の人生を送っている。

コメント