ヴィニー・テスタバーディ Vinny Testaverde ~山あり谷あり~

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Vinny Testaverde (ヴィニー・テスタバーディ)
(1963-)
American Footballer
Position:Quarter Back

Collage:Miami
Height:196cm Weight:106kg

Stuts

ニューヨーカーのテスタバーディはフットボールの才能はあったが素行が悪かった。それ故ハイスクールを卒業した後はバージニアにある陸軍のアカデミーへ送られてそこで2年間を過ごし、それからマイアミ大へ進んだ。

当時のマイアミ大はジム・ケリー、バーニー・コーザーといった優秀なQBを多く輩出していたが、テスタバーディも3年目に先発の座に就くとこの流れに乗り、最終学年にはオールアメリカンに加えてハイズマン賞を受賞した。

1987年のドラフト全体1位でタンパベイ・バッカニアーズが指名。弱小バッカニアーズの救世主として絶大な期待を寄せられ、2年目から先発になった。

のだが、テスタバーディはのファンの期待を裏切った。わずか13TDに対してリーグワーストにして史上2位のの35INT、レーティング48.8という悲惨な成績であった。

あまりにINTを連発するので知能や色覚の異常さえ疑われた。それでも期待の裏返しで周囲は厳しく、選手会長のジーン・アップショーなどは「自分の方がマシ」と切り捨てた。アップショーはラインマンだったのにだ。

あるタンパのラジオ局が作った広告看板はもっと酷かった。青い背景にテスタバーディを大写しにして「ヴィニーにはこれがオレンジに見えるに違いない」とコピーを添えた。今なら事件になっていただろう。

当人も気に病んでカウンセリングを受けたりコンタクトレンズで矯正を図ったりしたのだが、翌シーズンもリーグワーストの22INTを記録。その後は多少はマシになったものの、ハイズマンQBとしてはあまりにお粗末な成績であることには変わりなかった。

チームも低迷を続け、ついに勝ち越しを経験することなく1992年に契約切れ。バッカニアーズにもはや契約を更新するつもりはなく、テスタバーディはクリーブランド・ブラウンズに移籍した。

大学で同い年の上級生だったバーニー・コーザーの控えとしてのスタートだったが、コーザーは衰えが顕著でシーズン途中に解雇。テスタバーディーが先発に昇格し、3勝3敗と悪くない成績でシーズンを乗り切った。

翌シーズンは正QBとしてシーズンをスタートし、16TDで18INTとINT先行ではあったものの9勝4敗と初の勝ち越しとプレーオフを経験。

以後は見られる成績でプレーできるようになり、1996年にはボルチモア・レイブンズの新設に伴って同チームに移籍。いずれもリーグ2位となる4367ヤード、33TDを投げる大活躍でプロボウルに初選出。タンパ時代から取り柄だったランも冴えていて、34回のキャリーで188ヤード、2TDをマークしている。

1998年にはニューヨーク・ジェッツに移籍。生まれ故郷で大いにハッスルし、3256ヤード、29TDに対してわずか7INTで12勝1敗とハイズマンQBの面目躍如というべき成績で2度目のプロボウルに。30歳をとうに過ぎてようやくテスタバーディの素質は開花した。

翌シーズンはアキレス腱を切って1試合しか出場できなかったものの続く2000年に復帰。久しぶりにリーグワーストの25INTを投げたもののクラッチさに磨きをかけ、4Qでの逆転をリーグトップの4回記録。

特にマイアミ・ドルフィンズとのマンデーナイトフットボールでは4Q時点で7-30という絶望的な状況から5TDを投げて大逆転を果たし、”マンデーナイトミラクル”の名でこの一戦は伝説となった。

翌シーズンも5回の逆転を記録して印象深い活躍を見せたのだが、続く2002年シーズンは不調でチャド・ぺニントンに先発の座を奪われ、以後は控えとして選手生活を送るようになる。

2004年にはダラス・カウボーイズに移籍。クインティ・カーターの控えとして開幕を迎えたが、カーターがドラッグ検査に引っかかって出場停止になり、急きょ先発に昇格してそのままシーズンを通して務めた。

翌シーズンはジェッツに出戻り、2番手QBとしてプレー。12月26日のニューイングランド・ペイトリオッツとの試合に先発し、43歳のダグ・フルーティとの対戦が実現。テスタバーディは42歳で、史上初の40代QB同士の対戦として話題になった。

翌シーズンは恩人のベリチックがHCを務めるペイトリオッツに移籍したものの、トム・ブレイディの控えとあっては出番はなく、1シーズンで今度はカロライナ・パンサーズに移籍。

パンサーズではブレット・ファーブとの対戦が実現し、”シニアボウル”と呼ばれてカルトな話題を呼んだ他、最年長先発並びに勝利、21年連続TDパス、のちにブレイディに抜かれたが、70人の選手にTDパスを投げるというNFL記録を達成。これを花道に44歳の老QBは引退した。

通算123敗は歴代最多敗。しかしそれもまた単なる駄目QBには絶対に達成できない大記録であろう。

2013年にカレッジフットボールの殿堂入り。現在はハイスクールでコーチをしているという。一度は地獄を見たが、終わってみれば悪くないフットボール人生ではなかっただろうか。

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