ウェス・ウェルカー Wes Welker ~男は中身~

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Wes Welker (ウェス・ウェルカー)
(1981-)
American Footballer
Position:Wide Receiver
Collage: Texas Tech
Height:175cm Weight:83kg

Stats

チェロキー族の血を引くというウェルカーはサッカー少年で、フットボールを始めたのはハイスクールからであったが、にも関わらずオクラホマ州のMVPに選ばれている。因みに当時のQBは歌手のグラハム・コルトンであった。

WRの他にDB、リターナーとしても活躍し、キッカーとしては57ヤードのFGを決めるなど、稀に見る万能選手であったのだが、175センチとあまりに小柄過ぎたため奨学金を申し出る大学が無く、辞退した選手の補欠としてテキサス工科大にようやく拾われた。

テキサス工科大は思わぬ拾い物をした。ウェルカーはWRとして活躍する一方でそれ以上にリターナーとして大活躍し、NCAAレコードとなる8PRTDをマーク。2003年には最優秀STに贈られるモシ・タトゥプ賞を獲得している。

しかし、それでもウェルカーの評価は身長同様に低く、スカウティングコンバインにさえお呼びのかからない有様で、結局サンディエゴ・チャージャーズとドラフト外で契約したものの1試合でカットされ、マイアミ・ドルフィンズに身を寄せた。

しかし、このカットはチャージャーズのマーティ・ショッテンハイマーHCにとって人生最悪の判断であった。ドルフィンズでウェルカーはリターナーとして頭角を現し、更に昔取った杵柄でエクストラポイントキックを1本蹴って見事決めている。この試合、KRとPRも捕っており、1試合で3つとも決めた史上二人目の選手となる珍記録を達成している。

この活躍が認められて翌シーズンからは三番手のWRに収まり、2006年には解雇をうわさされたものの、67レシーブで初TDを記録。シーズン終了後にニューイングランド・ペイトリオッツにトレードで移籍した。ペイトリオッツでウェルカーはトム・ブレイディという最高の相棒と、ランディ・モスというイカれた仲間と出会う。

ブレイディはここぞという場面では狙いすましてモスにパスを投げた。類稀なサイズと身体能力を持つモスは、ひとたびボールを捕ればブロッカーを置き去りにしてエンドゾーンへ行ってしまう。

困った時はウェルカーにとにかく投げた。ウェルカーは小柄で足が遅かったが、コースを絶対に外さず、来たパスを必ず捕って急場を凌いでくれる。最盛期にはブレイディのパスの3本に1本はウェルカーがターゲットであった。

かくして移籍初年度からリーグトップの112レシーブを記録。トロイ・ブラウンが2001年に打ち立てた101レシーブのチームレコードを一気に塗り替えた。スーパーボウルはニューヨーク;ジャイアンツの前に敗れたが、スーパーボウルレコードとなる11レシーブを記録している。

以来ペイトリオッツのショートパスのキーマンとして重用され、2008年にはプロボウルに初選出。雪の中行われたアリゾナ・カージナルス戦でTD後にエンドゾーンで寝そべり、自分の姿を雪に写そうとして1万ドルの罰金を取られる事件も起こしているが、異常なレシーブ数に対してTDが非常に少ないウェルカーの事だから、TDが嬉しかったのだろう。

2009年には膝の負傷して欠場しながら驚異の123レシーブを記録してプロボウルに加えてオールプロにも初選出。しかし故障は重く、プレーオフには出場できなかったうえ、プロボウルも欠場の屈辱を味わった。

翌シーズンは怪我で全休という予想もあったが、過酷なリハビリで開幕戦から出場。ジェリー・ライス、マービン・ハリソンに次ぐ4年連続100レシーブへの期待がかかったが、86レシーブに終わって記録達成はならなかった。しかし、モスがチームを去ったことでロングパスでも存在感を増し、7TDを記録している。

しかし、生来のお調子者ぶりがまた顔を出し、プレーオフに際して夫人がそういうビデオに出ていたというニューヨーク・ジェッツのレックス・ライアンHCを”足フェチ”と攻撃し、ビル・ベリチックHCに咎められて先発を外され、ボスを侮辱されて怒ったジェッツに試合も負ける散々なプレーオフとなってしまった。

2011年は122レシーブを記録して完全復活を果たし、オールプロに返り咲き。1569ヤードは翌シーズンカルビン・ジョンソンが1964ヤードを記録して塗り替えたものの、当時のNFLレコードであった。

このシーズン2度目のスーパーボウルに進出し、ジャイアンツ相手に8本中7本をレシーブしたが、21-17で敗れた。しかも8本目が終盤のノーマークの場面であったことでファンから批判を浴びた。

堅実なプレーの割に曲者で扱いにくく、契約でも揉めたウェルカーはチームから煙たがられるようになり、2012年も118レシーブを記録し、ペイトリオッツ入り以来70試合で500レシーブに到達するという驚異のスピード記録を成し遂げたが、オフにデンバー・ブロンコスへと移籍した。

ブロンコスはペイトリオッツ程規律にうるさくなく、ブレイディの代わりにペイトン・マニングが居た。オーディブルを多用するペイトンにとってパスコースを外さないウェルカーは実に助かる存在で、キャリアハイの10TDを記録。その他デマリウス・トーマス、ジュリアス・トーマス、エリック・デッカーと合わせて4人が2ケタのTDを記録したが、ウェルカーは脳震盪でシーズン終盤から欠場し、スーパーボウルもシアトル・シーホークスの前に敗れた。

脳震盪はウェルカーに付いて回り、プレシーズンにもやられ、焦ってメタンフェタミンに手を出したことが発覚して2014年シーズン序盤を出場停止になり、大きく成績を落としたウェルカーは契約延長を断られ、セントルイス・ラムズに移籍して2015年限りで現役を引退した。

引退後はヒューストン・テキサンズのコーチを経て現在はサンフランシスコ・49ersのコーチを務めている。最高のドラフト外選手の呼び声も高く、小さい身体だがとてつもなくビッグな選手であった。

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