ウィリアム・ペリー William Perry ~冷蔵庫の冬~

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William Perry (ウィリアム・ペリー)
(1962-)
American Footballer
Position:Difensive Tackle

Collage:Clemson
Height:188cm Weight:151kg

Relatives:
Michael Dean Perry(マイケル・ディーン・ペリー)(弟)

Stuts

https://twitter.com/ChicagoBears/status/809782279233040389

11歳で体重200ポンドを超える規格外の肥満児だったペリーは、その巨体を持て余し、冷やかされながら暗い少年時代を過ごした。

周りを見返すためにフットボールを始めるとコンプレックスの種だった巨体が唯一無二の武器となり、ハイスクールではNTとして大活躍。

巨体でありながら身体能力抜群で、バスケットをすれば360度ダンクを決め、俄には信じ難いが100ヤード走の選手としても活躍。コーチ曰く、今まで指導した選手の一番速かったと言うのだから凄い。

クレムソン大学に進み、1983年にはオールアメリカンに選ばれ、1984年にはアトランテイック・コースト・カンファレンスのMVPを獲得。後に代名詞となる”The Refrigerator(冷蔵庫)”というニックネームが付いたのもこの頃だ。

ちなみに幾分細い弟のマイケル・ディーンも同じDTとしてクレムゾン大でプレーし、後にはプロボウルに6回選ばれる活躍を見せている。

シカゴ・ベアーズのマイク・ディトカHCが獲得を熱望し、85年に全体22位で指名したものの、ディフェンスコーディネーターのバディ・ライアンはこの指名を嫌がり、最悪の指名と言い切った。

だが、ライアンの見立ては良い意味で裏切られた。9先発ながらRDTとしてライアン考案の”46デイフェンス”の最前線に立って31タックル、5.0サック、2FRをマーク。さらには5ヤード走のトレーニングで好成績を見せたことから、ディトカの発案でエンドゾーン付近や4&ショート限定でFBとしても起用され、主にウォルター・ペイトンのリードブロッカーとして、また自らボールを持って3TDという大暴れを見せた。

ペリーの活躍もあってベアーズディフェンスはリーグトップのシーズン198失点の好守備を見せ、15勝1敗でスーパーボウルに進出。

ニューイングランド・ペイトリオッツを迎え討ってのスーパーボウルでは2回のボールキャリーのチャンスが与え、1回目はあろうことかトリックプレーでパスを投げてインコンプリート。2回目は見事にTDを決め、46-10でルーキーイヤーにしてチャンピオンに。ペリーには25号の特大のチャンピオンリングが贈られた。

以後もベアーズディフェンスの先頭に立ち続け、NFLきっての個性派選手として絶大な人気を獲得。レコードを出し、WWFのレッスルマニアに出場するなど、フィールド外でも幅広く活躍している、

だが、全盛期は150~160キロほどだった体重が年々増えていき、それに伴って徐々に健康とパフォーマンスを損なっていくことになる。

1993年にはとうとう長年守ってきた先発の座をクリス・ゾーリックに明け渡し、シーズン途中でフィラデルフィア・イーグルスにトレード。

イーグルスでは先発に帰り咲き、翌1994年シーズンまでフル出場したものの、同年をもって引退した。10年で138試合に出場し、通算29.5サック、506タックル。終わってみれば平凡な数字だが、ファンに残した印象は体同様はとてつもなくビッグであった。

だが、ペリーの引退後の人生は上手く行っていない。1996年には復帰してヨーロッパのロンドン・モナークスでプレーした他、タレント活動の傍らでバーベキューソースの販売、ヘッジファンドの経営などを手掛けたが失敗。

2011年にはついに件の特大のリングを売りに出すほど困窮し、10歳の少年が学資から8500ドルをねん出して購入し、改めてペリーに贈るという美談もあったが、その後再び売りに出している。

体重もどんどん増えて糖尿病とギランバレー症候群を患い、現在は公営住宅でひっそりと暮らしているという。

あだ名が冷蔵庫だからではあるまいが、ペリーに世間の風は冷たく吹いている。一日も早く彼の人生に春が来る事を願いたい。

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