フィル・マッコンキー Phil McConkey ~Air Wolf~

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Phil McConkey(フィル・マッコンキー)
(1957-)
American Footballer
Position:Returner/Wide Receiver
Collage: Navy
Height:178cm Weight:77kg

Stats

バッファローの警察官の息子として生まれたマッコンキーは、わずか140ポンドの小兵ながらも俊足の持ち主で、ハイスクールでは3年間無敗という大記録を達成している。

しかしそのあまりの小兵ぶりが災いして奨学金を申し出る大学が無く、親孝行のマッコンキーは学費の要らない海軍兵学校へと進んだ。つまりマッコンキーは頭も人柄も抜群に良かったのだ。

士官学校が強豪だったのは昔の話である。フットボールだけしていればいい他の大学とは違って難しい勉強を避けることはできず、その上アメリカ軍将校になるための過酷な訓練に加えて体格制限まであるのだ。マッコンキーはその中で気を吐いた。

マッコンキーの活躍もあって最終学年時には9勝3敗という当時の士官学校としては出色の成績を残し、ホリデイボウルではブリカムヤング大を23-16で破り、同大のQBで後にプロボウルに出るジム・マクマホンを差し置いてMVPに選ばれている。

これを花道にフットボールから足を洗い、海軍少尉に任官してヘリパイロットとなったものの、フットボーラーの夢は捨てがたく、兵学校のDBコーチであったスティーブ・ベリチックに相談。マッコンキーはフットボールから離れていたにもかかわらず40ヤード走4.4秒という驚異の足を見せた。

これならいけると考えたスティーブはビル・パーセルズHCのもとでニューヨーク・ジャイアンツのディフェンスコーディネーターを務めていた息子のビルにマッコンキーを紹介。かくして1984年、27歳のマッコンキーはロジャー・ストーバック以来の海軍士官上りのNFLプレイヤーとなった。

マッコンキーは俊足を活かしてリターナー兼控えWRとして活躍。キックオフとパントの両方をリターンし、元海軍士官という特異な経歴も相まって人気選手であった。

1986年シーズンにグリーンベイ・パッカーズに移籍。しかしSTとして僅かな出場にとどまり、4試合を消化したのちジャイアンツに復帰。ジャイアンツでは相変わらずリターナーとしてならし、チームのスーパーボウル進出に大きく貢献した。

デンバー・ブロンコスを迎え撃ってのこのスーパーボウルが凄かった。第3Qで25ヤードの会心のパントリターンでフィールドゴールレンジまでボールを進めたのを皮切りに、3rdダウンから44ヤードのロングパスを捕って敵陣1ヤードまで一気に進んでTDに大きく貢献。

極めつけは第4QでTEマーク・バハロが取り損ねたパスをリバウンドで捕り、レシービングTDを決める大活躍で見事リングを獲得した。

マッコンキーの活躍はこれにとどまらず、フィールドでの祝勝会の最中になんと拳銃を発見。観客の喧嘩の仲裁に入った警官が置き忘れたもので、表彰もののおまけがつく最高の一日となった。

その後も自慢の俊足を如何なく発揮してプレーしたが、その小兵故に段々故障に悩まされるようになり、1989年はフェニックス・カージナルスへ移籍。さらにシーズン途中にサンディエゴ・チャージャーズに移籍し、このシーズンを持って現役を引退した。

引退後はニュージャージーで下院選挙に共和党から出馬したが落選。現在はサンディエゴで証券会社を筆頭に幾つかのビジネスを展開する実業家として活躍し、その一方でマスターズの陸上選手として元気に走っている。

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