ブレンダン・シャナハン Brendan Shanahan ~Point getter Shanny~

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Brendan Shanahan (ブレンダン・シャナハン)
(1969-)
Hockey player
Position:Winger
Shot:Right
Height:190cm Weight:99kg

Stats

夏は野球、冬はフットボールとバスケットというのがアメリカのスポーツ少年の定番だが、これがカナダだと冬はホッケー夏はラクロスとなる。シャナハンの強靭なフィジカルはこうして年中無休で培われた。

1987年にピエール・タージョンに次ぐ全体2位でニュージャージー・デビルズ入り。ルーキーイヤーから65試合に出場し、2年目の1988-1989シーズンには早くも50ポイントを記録。同シーズンにはゴール、アシスト、乱闘を1試合に達成するゴーディ・ハウ・ハットトリックを初達成。カナダ人の考える強い男の典型としてスター街道を邁進するのだった。

1991-1992シーズンにはFAでセントルイス・ブルースへ移籍。補償の関係で事実上スコット・スティーブンスとのトレードになったが、33ゴール、69ポイントを記録して期待に見事答えた。

ブルースで持ち前の得点力はますます強化され、1992ー1993シーズンには51ゴールを達成。1993-1994シーズンには彼岸の100ポイントを達成し、ファン投票1位でオールスターに選出されるとともにオールNHL1stに選出。世界選手権カナダ代表にも選出され、見事金メダルを獲得した。

翌シーズンはロックアウトで開幕が遅れ、その間はドイツでプレー。開幕後は若干成績を落としたこともあり、シーズン終了後にクリス・プロンガーらとのトレードでハートフォード・ホエーラーズへ移籍した。

ホエーラーズではキャプテンに任命され、2度目のオールスターに選出。44ゴール78ポイントでチームの中心として大活躍したのだが、ホエーラーズはあまりに弱く、嫌気が差したシャナハンはトレードを志願。これが聞き入れられ、1996-1997シーズン開幕直後にに大型トレードでデトロイト・レッドウィングスに移籍した。

このトレードはシャナハンにとって大成功で、移籍早々プレーオフに進出し、9ゴール17ポイントの大活躍でカップを獲得。翌シーズンも制して連覇を達成。強い新天地でその後も存分に暴れるのだった。

レッドウィングスの看板としてMVPのハート記念賞にも票が入るようになり、2001-2002シーズンには3回目のカップを獲得。ソルトレイク五輪でも金メダルを獲得。スタンレーカップ、世界選手権、オリンピックを制して”トリプル・ゴールド・クラブ”に迎えられた。

500ゴール、1000ポイントと節目の記録も次々達成し、チームの先頭に立って体を張るリーダーシップが認められて2001-2002シーズンにはキング・クランシー記念賞を受賞。以後は身体への負担もあって成績が加工線をたどるが、2004-2005シーズンのロックアウトは全休し、その甲斐あって2005-2006シーズンはポテンシャルが向上。40ゴール81ポイントを記録して復活を遂げる。

翌シーズンはFAでニューヨーク・レンジャーズへ移籍し、久々で8度目のオールスターに選出され、ゲームキャプテンを務める栄誉を得たが、同僚のヤロミール・ヤーガーを審判が贔屓していると批判したところからケチが付き始め、怪我で欠場するはめになった。

怪我は尾を引き、2007-2008シーズンはキャリア最低の46ポイントに終わってしまう。解雇されて所属先のないまま翌シーズンの開幕を迎えたが、古巣のデビルズがシャナハン獲得に手を挙げた。17年294日を経ての古巣への復帰はNHLレコードであった。

決今日このシーズンをもって現役を引退。歴代2位となる17回のゴーディ・ハウ・ハットトリックを成し遂げ、600ゴールとペナルティ2000分を両方記録した唯一無二のタフガイは、原点であるデビルズでユニフォームを脱いだ。

引退後はNHLの運営に携わり、2013年には殿堂入りを達成。副社長まで出世したが、2014年からはトロント・メープルリーフスの球団社長に迎えられ、現在に至るまで務めている。

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