ジョー・ニューエンダイク Joe Nieuwendyk ~カナダの優勝請負人~

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Joe Nieuwendyk (ジョー・ニューエンダイク)
(1966-)
Hockey player
Position:Center
Shot:Left
Height:188cm Weight:92kg

Relatives:
Ed Kea(エド・キー)(おじ)
Jeff Beukeboom(ジェフ・ビュークボーン)(いとこ)

Stats

ニューエンダイクはホッケー一家に生まれた。叔父のエド・キー、いとこのジェフ・ビュークボーンもNHLで活躍している。

幼少期からホッケーの他にラクロスもプレーし、両方で活躍。ラクロスで相手選手を躱す技術を磨いたことが後々ホッケーで大いに役立った。

とはいえジュニア時代は無名選手で、ドラフトに掛かることはなくアメリカのコーネル大学に進学した。アイビーリーグはアスリートを優遇しない。ニューエンダイクは抜群に頭が良かったわけだ。

大学では試合数とほぼ同数のゴールを稼ぐ活躍を見せたが、所詮勉強第一のアイビーリーグはレベルが高いとは言えず、注目度は高いものではなかった。

それでも見ている人は見ているということか、1985年のドラフト2巡目、全体27位でカルガリー・フレームズが指名した。チームのスコアラーだったケント・ニルソンと交換で得た指名権で無名のニューエンダイクを指名したことは衝撃を持って迎えられ、”ジョーって誰?”という見出しが新聞を飾った。

指名後も大学に居残り、2年続けてオールアメリカンを獲得。3年目のシーズンが終わった1986-1987シーズン終盤にメジャーデビューした。その功績を讃え、後にニューエンダイクの背番号”25″はコーネル大スポーツチーム初の永久欠番となった。

2年目の1987-1988シーズンにニューエンダイクの隠れた素質は大輪の花を咲かせた。驚異的勝負強さでゴールを量産し、マイク・ボッシーが打ち立てたルーキーレコードの53ゴールに迫る51ゴール、92ポイントの大活躍で新人王にあたるカルダー記念賞を受賞。さらにオールスターとオールルーキーにも選ばれた。パワープレーゴールはリーグ最多の31、決勝ゴールも8を数え、強烈な印象をアメリカ大陸全土に残した。

翌シーズンも51ゴールを記録し、史上3位の144試合で100ゴールを記録するスピード記録を樹立。ルーキーイヤーから2年続けて50ゴールを記録したのは、他にボッシーとグレツキーだけである。

同年はプレーオフで持ち前の勝負強さを如何なく発揮し、22試合で10ゴール、14ポイントを荒稼ぎし、チーム史上唯一のスタンレーカップ獲得に大きく貢献した。

1991-1992シーズンにはキャプテンに就任、1994-1995シーズンにはリーダーシップを買われてキング・クランシー記念賞を受賞するなど輝かしい活躍を見せる一方で、ニューエンダイクは契約を巡ってチームと対立。ついには年俸調停を申請するに至り、故障がちになっていたこともあって1994-1995シーズン終了後にダラス・スターズにトレードされた。

ミネソタからホッケー未開の地、テキサスへフランチャイズを移ってきたばかりのスターズは、チームの看板になるようなスター選手を欲していた。5年1130万ドルという三顧の礼を持って迎えられたニューエンダイクはその期待に応え、1998-1999シーズンはチーム初のスタンレーカップ獲得に11ゴール21ポイントの大暴れで貢献プレーオフMVPにあたるコーン・スマイス賞を獲得した。

しかし、その後は元々故障がちな体がますます故障しやすくなり、2001-2002シーズン途中にニュージャージー・デビルズにトレード。それでもさすがと思わせる活躍を見せ、その合間にソルトレイク五輪に出場して金メダルを獲得。

更に続く2002-2003シーズンは3度目のスタンレーカップを獲得。しかし、当のニューエンダイクはファイナル第6戦で負傷し、最終戦には出場がかなわなかった。

翌2003-2004シーズンはトロント・メープルリーフスと契約。ロックアウトの間はチャリティーの試合に出る程度にとどめてロックアウトが明けた2005-2006シーズンはフロリダ・パンサーズと契約。しかし衰えが顕著で、2006-2007シーズン途中で引退を表明した。実に3チームにまたがってカップを獲得する幸運なホッケー人生であった。

引退後はパンサーズやリーフスのフロントで働き、2009年には世界選手権カナダ代表のGM補佐を務めるなど実績を重ね、2009年にダラス・スターズのGMに就任したが、チームの財政の悪化もあってやりくりに苦しみ、2013年を持って退任。その後はカロライナ・パンサーズでスカウトを務めている。

2011年には殿堂入り。2014年にはフレームズのカップ獲得25周年に合わせ、背番号”25″が準永久欠番に制定されている。

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