ペレ・リンドベルグ Pelle Lindbergh ~まずは一杯~

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Pelle Lindbergh (ペレ・リンドベルグ)
(1959-1986)
Hockey player
Position:Goaltender
Shot:Left
Height:175cm Weight:84kg

Stats

ストックホルムに生まれ、早くからゴーリーとして頭角を現したリンドベルグは、ヨーロッパきってのゴーリーという地位を確固たるものにし、1979年に全体35位でフィラデルフィア・フライヤーズに指名されたが、しばらくはスウェーデンに居残った。

1980年のレークプラシッド五輪に21歳の若さでスウェーデン代表として出場。20世紀スポーツ史上最大の大番狂わせと名高い”氷上の奇跡”を達成して金メダルを獲得したアメリカ代表相手に2-2のタイで凌ぎ、見事銅メダルを獲得した。今大会でアメリカが勝てなかったのはスウェーデンだけであった。

この奮闘で否応なしに評価は高まり、1981-1982シーズンにメジャーデビュー。翌シーズンから正ゴーリーに収まり、23勝13敗、防御率2.34の好成績でオールスターに初選出。オールルーキーにも選ばれた。

当時のフライヤーズは凶暴な選手を揃えた”Broad Street Bullies”(ブロードストリートの悪ガキども)の時代が終わり、世代交代の時期に入っていた。マーク・ハウ以下堅牢なディフェンスマンが周りを固め、抜けた先にはリンドベルグが待ち構えている。当時のフライヤーズはそういうチームであった。

また、リンドベルグはアイスホッケーに一つの革命をもたらした。ホッケーは次々と選手交代をしながらプレーするものだが、ゴーリーだけはそうはいかない。いきおい喉が渇く。リンドベルグはそこでリンクにミネラルウォーターを持って行った。ゴールネットの上にボトルを乗せておき、合間を見て飲むのだ。

これは多方面から批判を浴びた。しかし、今や世界中どこのリンクへ行ってもゴールネットには必ずペットボトルが乗っている。いくらOBが文句を言ったところでああいう時の水は美味い。彼らは羨ましいのだ。

水分補給を欠かさず元気一杯のリンドベルグを殿にチームの成績も徐々に上向き、1984-1985シーズンにはリーグトップの116ゴールを記録して地区優勝を達成。リンドベルグも最多勝となる40勝を記録し、ヨーロッパ人として初のヴェジーナ賞を受賞。チームもファイナルまで進出し、フライヤーズは第2の黄金時代を築くかに思われた。

しかし、翌シーズン開幕直後に悲劇が起きた。1985年11月10日、パーティーからの帰りにリンドベルグの愛車のポルシェ930は事故を起こした。同乗者二人は重症。深酒を飲んでいたリンドベルグはもっと酷く、数時間後に脳死が確認された。

2日後に両親がスウェーデンから駆けつけ、生命維持装置が外され、わずか26歳でリンドベルグはこの世を去った。臓器は移植に供されたという。最後まで飲むことに縁がある人生であった。

ホッケー界の革命児の死はホッケーファンに衝撃を持って迎えられ、この年のオールスターのファン投票で一位になった。死んだ選手がオールスターに選ばれるのは史上初の事で、2008年に強盗に襲われて命を落としたショーン・テイラーがプロボウルに選ばれるまで長く唯一の事例であった。

今や世界中どこへ行ってもゴールネットの上にはペットボトルが乗っている。それがリンドベルグへの死に水になるのではないだろうか。

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