レイ・フェラーロ Ray Ferraro ~Big Ball of Hate~

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Ray Ferraro (レイ・フェラーロ)
(1964-)
Hockey player
Position:Center
Shot:Left
Height:175cm Weight:90kg

Stuts

少年時代には野球でもリトルリーグワールドシリーズに出場したというフェラーロだったがジュニア時代の評価はさほどでもなく、1982年にハートフォード・ホエーラーズに指名されたものの、5巡目指名であった。

だが、ホエーラーズは思わぬ拾い物をした。フェラーロはマイナーで急成長し、1983-1984シーズンにはWHLで108ゴール192得点という途方もない成績をマーク。翌1984-1985シーズンにデビューして44試合に出場して11ゴール28ポイントの活躍を見せた。

シュートの精度に定評があり、1986-1987シーズンにはリーグトップの成功率28.1%を記録。”Big Ball of Hate”の異名を得て一躍人気選手となった。

1990-1991シーズン途中にトレードでニューヨーク・アイランダーズに移籍し、1991-1992シーズンはキャリアハイの80ポイントを記録してオールスターに選出。

当時アイランダーズは低迷していたが、フェラーロ加入以来成績は徐々に上向き、1992-1993シーズンには3年ぶりにプレーオフに進出。18試合で20ポイントを稼ぎ、準決勝まで進んだ。

しかし、続く1993-1994シーズンに故障で戦線離脱を余儀なくされると成績を落とし、1995-1996シーズン開幕前にニューヨーク・レンジャーズに移籍したものの、シーズン途中にロサンゼルス・キングスにトレード。

キングスでもここぞという場面での勝負強さは保っていたものの、王子ほどの得点力はついに戻って来ず、1999-2000シーズンにはアトランタ・スラッシャーズに移籍。

スラッシャーズでは移籍初年こそ目立った活躍はなかったものの、2000-2001シーズンには76ポイントを記録して復活。翌シーズンは初のキャプテンに就任したものの、シーズン途中にセントルイス・ブルースにまさかのトレードを通告され、結局シーズン終了後に引退した。

引退後は解説者に転身し、オリンピックやNHLのゲームの解説を務めるなど、名物解説者としての地位を獲得。2004年にはアメリカ代表のキャプテンで、長野五輪で金メダルを獲得したキャミ―・グラナトと二度目の結婚を果たし、更には先妻との子供であるランドンが2006年に2巡目でデトロイト・レッドウィングスに指名され、デビュー戦の解説を担当するなど、現役時代と変わらず大物を仕留め続けている。

2010年には妻のキャミ―が女子選手として初の殿堂入り。つまり、フェラーロは初めて妻に殿堂入りの先を越されたホッケー選手でもある。

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