イワン・クルノワイエ Yvan Cournoyer ~Roadrunner~

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Yvan Cournoyer ( イワン・クルノワイエ )
(1943-)
Hockey player
Position:Winger
Shot:Left
Height:170cm Weight:80kg

Stuts

アメリカ大陸の砂漠にはロードランナーという鳥が棲んでいる。アニメで奇声を上げて走る姿を見たことがあるはずだ。アニメの通り滅多に飛ばず、代わりに餌を探して荒野を走り回る不思議な鳥だ。

クルノワイエもロードランナーという異名を持っていた。170センチの小さな体にブレードの長い靴を履き、猛烈なスピードでリンクを駆けずり回る姿が実にそれらしかったからだ。

クルノワイエのスピードはジュニアリーグ時代から際立っていた。この頃から脚の筋肉が発達しすぎて特注のズボンを履いていたというのだから半端ではない。

20歳になった1963-1964シーズンにモントリオール・カナディアンズでデビュー。猛烈なスケーティングスピードとシュート力を武器に徐々に頭角を現していくが、ディフェンスに難があったことからトー・ブレイクHCに気に入られず、専らパワープレー専門で起用され、1966-1967シーズンにはリーグ最多の20パワープレーゴール、7の決勝ゴールを記録している。

それでもカナディアンズ黄金時代の分厚い選手層に阻まれて1stラインへ定着できずにいたが、1968-1969シーズンにクロード・ルエルHCが就任すると積極的に起用され、リーグ6位の43ゴール、44アシストを記録し、オールスターに初選出。

押しも押されぬスタープレイヤーとなったクルノワイエは思う存分にリンクを走り回り、1971-1972シーズンにはキャリアハイの47ゴールを記録。

更には同年行われたカナダ代表とソ連代表の対抗戦であるサミットシリーズに選出。下馬評はカナダの圧倒的有利だったのだが、ソ連代表は所謂ソビエトスタイルのホッケーで果敢に抵抗し、4勝先取のシリーズは引き分けを挟んで第8戦までもつれこむ激闘になった。

その第8戦は猛烈なシーソーゲームになり、ここまで2ゴールを挙げていたクルノワイエも52分56秒に5-5の同点ゴールを決め、更に59分26秒にポール・ヘンダーソンが劇的決勝ゴールを決めてシリーズは辛くもカナダが勝利した。感極まったクルノワイエがへンダーソンに抱きつく有名な写真が残っている。

モントリオールのクルノワイエからカナダのクルノワイエに出世して気合が入ったのか、1972-1973シーズンは好調そのもの。40ゴール、39アシストでチームは危なげなくプレーオフに進出。プレーオフはもう手が付けられない活躍で、17試合で15ゴール10アシストの大暴れでプレーオフMVPにあたるコーン・スマイス賞を受賞。スタンレーカップを獲得したのは言うまでもない。

1975-1976シーズンからはついにキャプテンに就任。チームは連覇を続けるのだが、この頃になるとあまりのスピードに体がついていけなくなり、背中を痛めてスピードに陰りが見えるようになり、成績も下降線を辿って行く。

1977-1978シーズンは背中の手術を余儀なくされ、チームはスタンレーカップを獲得して3連覇を達成したものの、クルノワイエはプレーオフを全休。翌シーズン15試合をプレーしたところで引退を表明。ロードランナーはリンクを走り去っていった。

カナディアンズ一筋に積み上げた968試合出場はチーム歴代7位、428ゴールは4位、863ポイントは6位。背番号12はクルノワイエの前につけていたディッキー・ムーアと連名で永久欠番となっている。

1982年には早くも殿堂入り。引退後はコーチをやった時期もあったが、現在はカナディアンズのアンバサダーを勤めている。

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